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2008.12.22 23:23 |  医療制度 / 行政  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 4

 今夜の悪夢

 どうも今夜も悪夢を見そうなので、先にあらすじを書いておきます。


 「医療崩壊は医者のせい」と信じてどうしても医者を地方に強制移住させたい人々の主張が通り、まずは産科医の地方への強制移住が始まりました。ところがここで問題が二つ。助産婦資格を持った看護師の不足と、計画通りの出産数が得られるかどうか確実ではないということ、です。助産婦無しで産科医だけでは産科が上手く回らないでしょうし、せっかく産科医を強制配置してもそこで彼らをフルに使うだけの出産がなければ“もったいないお化け”が出ます。そこでまずは公立の学校を卒業した助産婦には、医師と同じく「税金を使ったのだから」という理由で強制的に地方に配置することが定められました。次、出産数ですが、これについては一定数以上を確保するために「強制的な里帰り出産制度」の出番です。こちらは法制化が難しい、ととりあえず見送られましたが、「健全な出産は郷土愛から」というきわめて頭の悪そうなキャッチによって人々に有無を言わせない作戦が採られました。早産で未熟児? そんなのは、郷土愛が足りません。ちゃんと里に帰るまで根性で頑張らねばならないのです。さらにこの里帰り出産にはもう一つ良いことがあります。生まれてくる子供にとって「生まれ故郷」はその「里」です。したがってその子が育った時にはまた同じ作戦が使えます。ですから「郷土愛」戦術は「二度も三度もオイシイ」と一部では大変絶賛好評発売中でした。
 めでたしめでたし。

 あれれ、悪夢じゃなかったっけ? ま、いいや。おやすみなさ〜い。

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2008.12.22 18:38 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

 昨夜の悪夢

 昨夜とっても嫌な夢を見ました。
 私は救急室で当直をしています。そこに、左右両方の頸動脈が切断された人が担ぎ込まれてきました。普通動脈を切ったらそこから心臓の拍動に合わせてぴゅっぴゅっと血が吹き出ますが、この人はすでにほとんど血を失ってしまったのでしょう、傷口からはもう全然出血していません。普通だったら全身や周囲は血まみれのはずですが、そこは夢、体はきれいで全身の皮膚は血液を失って蒼白となっています。頸動脈の切り口も空洞となった血管の中もきれいに見えます。夢のくせにそんなところはリアルです。
 「加古川心筋梗塞事件の確定判決では、専門外の医者が救急患者を受けたら罰を喰らうんだったっけ?」と夢の中の私は思っていますが、なぜか私が処置をしなければなりません。ところで、両側頸動脈切断の「専門家」って、何科でしょう? そもそもこの人はもう“死体”です、誰がどう見ても。そこにどんな治療をしろというのでしょう。おやおや、夢の中の私は頸動脈を縫い始めました。血管をつなげば何か良いことがある、とでも思ったようです。やっと縫い終わったら、うしろから誰かに「縫い目が不揃いだ。医者としての誠実さを疑う」と文句を言われました。

 そこで目覚まし時計が鳴って、やっと現世に私は復帰できました。やれやれ。

 だけど、気がついたら、現世もあの悪夢の世界とそれほどには差がなかったんですね。やれやれ。

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 子育ての金言に「子どもには、魚を捕って与えるよりも、魚の捕り方を教えろ」があります。ことばの意味は、「子どもが自立して、自分自身や自分の家族の面倒を見るようになる」ことが望みではない(いつまでも子どもを養っていたい(あるいは支配し続けたい))親以外には長々解説をする必要はないでしょう。

 ところで生活保護は何のための制度でしょう。生活保護法第1条には「日本国憲法第25条に規定する理念(すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」とあります。しかし私には、耳に聞こえの良い理念などは二の次で、実は「個人」ではなくて「社会」を救うための制度、と思えます。食いつめた人が多いとそれは容易に社会不安につながります。だから社会不安を起こさせないための「セーフティーネット(最低限の貧困からそれより下の極貧へと転落する人を食い止める網)」として機能することが期待されている、だから有志ではなくて国がその制度に関与するのだ、と。ところが食い止めるだけではそこに貯まる人が多くてネットは重くなりやがて破れてしまいます。だからこのネットに期待される機能はもう一つ、「(職能的あるいは経済的な)社会復帰(=ネットより上への押し上げ)」です。つまりは積極的に「魚の捕り方を教える」こと。「保護を行なっていたらそのうち自立できるだろう」ではなくて。
 しかし厚生労働省にとっての生活保護制度は「手段」ではなくて「目的」となっているようです。それも「予算の範囲内で日々運用するべきお仕事」として。だから「与える魚の数」に見合った人数に対象者をしぼるために毎日熱心に“お仕事”をしています。つまりは「網が重たくなったから、そこにいる人あるいは網に引っかかりそうな人を網の隙間からふるい落とす」作業をしていることになります。もちろんこれは「ネットが破れてはならない」という命題だけから見たら“正しい作業”です。問題は、人道的倫理的そして「社会を救うため」にその方向性が正しいかどうか、ですが。
 具体的に私が問題に感じるのは、セーフティネットの適用を求めて来た人に対して、「財産があったらダメ」とか行って追い返すこと。しかし、スッカラカンになってその日暮らし状態になってしまったら、そこから“再出発(いつだったかの宰相が格好いい決めぜりふとして使いたがっていた「再チャレンジ」)”することは非常に困難ではありませんか? ネットから離れるために“ある距離以上を跳ぶ”ためには“助走”が必要なのです。
 ある山村に、先祖から受け継いだ山をいくつも持っている人がいました。ところがこんなご時世ですから手入れもできずその山は現金収入を生み出してくれません。山を売ろうにも売れません。だけどその「山を持っていること」でその人は生活保護が受けられませんでした。こういった場合「山を売るまで生活保護はダメ」と言うよりも、たとえばその山を国有林にしてその人をそこの管理人に任命してその作業に対して国が給料を払う、なんて手は考えられないでしょうかねえ(国の職員(=公務員)にするのはダメ、と言うのなら、政府お得意の特殊法人でも良いです)。とにかく「「ダメ」と言う」以外の行動を選択したいのです。目的はセーフティネットからの“復帰”なのですから。そこからさらにたたき落とすことではなくて。


 生活に関する金言で「上見て励め、下見て暮らせ」があります。人生は上昇志向で(あるいは素晴らしい人生モデルを見つけて目標とし)、しかし現実の生活は地に足をつけて堅実に、という意味でしょう。しかしこれが「上見て暮らすな、下見て暮らせ」だと、明らかに差別志向となります。
 そして今の厚労省の主張は、「下だけ見ろ。あんたよりもっと不幸な人がいくらでもいるぞ。まだあんたは“恵まれて”いるんだ、だから助けてやらないよ、うひひひひ。見ろ、人がまるでゴミのようだ」のようです(つまりは典型的な差別意識丸出し)。
 ……でもよくよく見たらその「(セーフティネットよりも)もっと下」にいる人の中には、厚労省自身がたたき落とした人々が多く混じっている様子なのは、悪夢のような冗談なのか、あるいは冗談のような悪夢なのか、どちらなんでしょう? もちろん本当に怖いのは、どちらにしてもこれが「悪夢」ではなくて「現実」であることなのですが。


※こんな話題の時に「生活保護を不正利用する人間がいる」から生活保護の活用に反対、との主張がよく登場します。でも私は「悪用する人間がいるからその制度は廃止しろ」とは思いません。電車にただ乗りする人間がいるという理由でその路線の廃止を主張されたらそれに反対するのと私の中では同じことです(悪いのは電車ではなくてただ乗りする奴。「痴漢する奴がいる」という理由で「男」を全否定されたら困る、と言うのとも同じ。悪徳医師がいるという理由で医者全体の悪口を言われるのに反対するのも、また同じ)。是々非々で、悪用する(制度に「ただ乗り」する)人間を厳しく罰すればそれでいいでしょう。本来、その制度がきちんと運用され機能しているかどうかをチェックするのが“監督”官庁の重要なお仕事です(電車だったら検札とか改札をきちんとやること)。そして、一般市民も告発をすることは可能ですから「どう見ても怪しいぞ」という人を知っている場合、見て見ぬふりをするのではなくて、告発なり通報されることをお勧めします。


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