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2008.12.14 22:32 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  お金 / 株  |  おかだ  | 推薦数 : 1

 ボーナスダウン

 ショックで一時的な健忘になっていたらしく、今日になって思い出しました。
 今年の冬のボーナスは、減額でした。理由は病院の業績悪化。これは悲しい。春には昇給になって夏のボーナスも予定より多くてほくほくしていたのに。まあまだトータルしたら昨年よりはプラスなのでまだやっていけますし、なにより、ボーナスがもらえるだけまだマシ、なのでしょう。
 復調の兆しがあるのでもうちょっと頑張るぞ、と思っていますが、来年度の診療報酬の改定がまた恐怖です。どうなるんでしょうねえ。

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書誌情報:『ウィリアム・ハーヴィ ──血液はからだを循環する』(シリーズ「オックスフォード 科学の肖像」オーウェン・ギンガリッチ 編集代表) ジョール・シャケルフォード 著、 梨本治男 訳、 大月書店、2008年、2000円(税別)

 まずはタイトルから。本書では「ハーヴィ」ですが、私が学生時代に血液循環説を習った時には「ハーヴェイ(またはハーベイ)」でした。「William Harvey」ですから「ハーヴェイ」が“正解”だろうと私はずっと信じていましたが、論文を書くための参考文献として彼の『動物の心臓ならびに血液の動きに関する解剖学的研究』(岩波文庫……ただし現在は絶版。講談社学術文庫で『心臓の動きと血液の流れ』が現在新本で入手可能です)を読んでいたら、指導教官から「発音通りだと、“ハーヴェイ”ではなくて“ハーヴィ”が“正しい”」と教育的指導が。私は困ってしまいました。岩波文庫には「ハーヴェイ」としっかり表記されているんですもの。(ちなみに、講談社学術文庫は「ハーヴィ」です)
 当時「ハーヴィ」は少数派でしたが、これからは「ハーヴィ」表記が増えていくのかもしれません。(しかしそうすると、今までの「ハーヴェイ」の立場は?)

 西洋古代医学では、血液は循環しないものでした。食べ物は腸で吸収され門脈で肝臓に運ばれそこで代謝されて血液の材料になります。肝臓で作られた血液は静脈血として各臓器に(まるで潮の満ち干のように)配分されていきます。右心室から肺に行く“静脈”はずいぶん太くて動脈のような組織構造になっていますが、それはきっと肺が多くの栄養を要求しているからでしょう。心臓の中隔にある見えない細かい穴を通じて右心室から左心室に血液がにじみ出し、それが動脈血になります(当時はまだ「心房」は心耳(大血管がさらに大きく膨れたもの)扱いで、その存在を認められていませんでした)。肺で作られた精気が心臓で動脈血に混ぜられて動脈を通じて全身に配分されます(だから動脈血と静脈血は色が違うのです)。これが古代ローマの医師ガレノスが唱え、ルネサンス期以降まで西洋の医学を支配した「ドグマ」でした。また、解剖学もガレノスが書いたものがそのまま教科書として用いられ続けました。ガレノスの時代に人体解剖は禁じられていましたが、彼は人間に似ていると思われる動物を解剖することで人体の謎に迫ろうとしていました。だから実は彼の人体解剖図には間違いがけっこう含まれていたのです。
 16世紀でもっとも有名な解剖学者ヴェサリウス(パドヴァ大学教授)は自分の手で多数の人体解剖を行うことでガレノス解剖学の“誤り”を正しました。これは単に「正しい人体解剖図が登場した」ことだけを意味するのではありません。目的意識を持って“現場”をきちんと“医師の目”で確認しその証拠を他者も確認できるように明確に残すことの重要性をヴェサリウスは世界に示したのです。そしてその次の時代に、ハーヴィがイギリスから医学を学ぶためにパドヴァ大学にやってきます。
 ハーヴィは、人体だけではなくて、昆虫まで含む様々な動物の解剖を行いました。その目的は「心臓」です。それも単体としての心臓ではなくて「循環システムの中での心臓」が研究のターゲットなのです。『動物の心臓と血液の動きに関する解剖学的研究』では、まず「血液は、静脈の中では心臓に向かい、動脈では心臓から遠ざかる」と前提がおかれます。「血液循環論」はその前提から出発します。さまざまな結紮実験によってハーヴィは血液が一方向にのみ流れることを示します。また、心臓を通過する血液量があまりに膨大で、体はそれだけの血液を生産も消費もできない、したがって同じ血液を何回も心臓に通す(=循環させる)しかない、と論理的に述べました。

 ハーヴィは毛細血管を示すことはできませんでした。顕微鏡はまだない時代です。しかし、そういったものがなくても、自分の論拠を明確に示すことに成功したのです。「論より証拠」といいますが、それが強力なら論だけで十分な場合もあるのです。(もちろん、補強のための実験も必要ですけれど。事実の裏付けを全く欠いた理論は、科学とは呼べません)
 私はこのあたりで、ガリレオ・ガリレイの有名な「ピサの斜塔の落下実験」を思い出します。あれは実際に行われたわけではなくて思考実験だったそうですが(実際にやったら空気抵抗のせいで上手くいかないのは確実でしょう。現実に上手くいったのは、20世紀に月面でこの実験が行われた時でした)、思考実験でもきちんとした結果を出すことは可能なのです。

 なお、ハーヴィの“先人”として、イブン・アン=ナフィース(13世紀、カイロの開業医)と16世紀のミシェル・セルヴェ(パリ大学)とレアルド・コロンボ(パドヴァ大学)の「肺循環説」が本書では紹介されています。それぞれアプローチの手法は異なりますが、ここでほぼ確定した「肺循環」(血液は、心臓を出て肺を通過して心臓に戻る)をベースとして(ニュートンが言うところの「巨人の肩に乗って」)ハーヴィが全身の循環システムの概念を確立したのです。

 ハーヴィは肺の機能がわからず「血液を冷却するラジエター」としました。間違いです。しかし問題は「彼が何を間違えたか」ではなくて「彼が何を言い当てたか(どんなパラダイムをどう変革したか)、彼が知識ではなくて態度(システム)として何を後代に残したか」です。
 そういった点では、実は私はガレノスも高く評価します。ルネサンス期以降ガレノスを“間違った権威”として批判する人は多いのですが、ガレノスの知識的な間違いは間違いとして、その態度(科学的な探求)に関しては今でも高く評価して良いと考えるのです。実際、ガレノスと同じ時代(日本だったら卑弥呼の時代)に生まれたとして、私やあなたはどんな「医学」を構築できるでしょう。ガレノスは動物実験で、神経を切断したらその先が麻痺することを確認したり動脈の中にガラス管を入れて血管をそこに縛りつけることで「脈拍」の正体を探ろうとしたりしていますが、この人は(この人も)タダモノではないのです。繰り返しますが、ガレノスは「卑弥呼の時代」の人でっせ。

 本書では、功成り名を遂げたハーヴィが後半生で巻き込まれた悲劇についても書かれています。学校の授業ではクロムウェルや清教徒革命はほんの一瞬で通りすぎてしまいましたが、そこには多くの人の人生やドラマが埋まっていたんだなあ、とつくづく思います。


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