前世紀の思い出です。
今はよく知られているある病気××が、まだ世間では医者にもあまり詳しくは知られていない時代。なぜか私の外来に「大学病院で××と言われたんだけど、あそこは混むから、普段はこちらで診てくれ。あっちに行くのは数ヶ月に1回にしたい」という患者さんが初診で来られました。「私は専門家じゃないから、大学病院の“リモコン”で動く(検査データなどを大学に知らせて、状態に応じて薬などは細かく指示してもらう)、だったらできますが」と言うとそれでいい、と。で、大学と診療情報のやり取りをして、時々大学病院を受診するが普段はこちらで外来受診、と分担して外来診療をすることにしました。
ただ、それだけではつまらないものですから文献を集めてみたのですが、当時はまだ英語のものがメインで、私のイシ頭ではどうもついていけません。そこで文献のコピーを患者さんに示して「読んでみます?」。すると幸い英語が得意な方で、しかも「自分のことだから勉強したい」ということで、そこから二人三脚が始まりました。実際には、患者さんが読んでわからないところをこちらに質問、それをこちらが説明……説明できない時には“宿題”として私が持ち帰って調べて次の外来で、と、二人三脚というよりも私の方がおんぶされているような感じでした。
あのときつくづく思いました。医者は「一般的な体」や「病気全般」については“専門家”です。しかし患者は「自分の体」と「自分の病気」については誰よりも詳しい“専門家”になれるんだ、と。
私の診療スタイルがちょっと変わったのは、あの時の経験による、と私は考え、彼には感謝しています。
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