子どもの頃の小説で時々「すでに死相があらわれていた」なんて表現があり、そんなものが本当にあるのかと思っていましたが、医者になってしばらくして“経験”を積んでくると“それ”がたしかに存在することに気づきました(といっても、街を歩く人の顔を見て「あ」と言うわけではなくて、病院のベッドに寝ている人で認めるだけです。また、全員に出るわけではありません。単に私が見逃しているだけかもしれませんが)。医学的には、顔面の局所的な循環不全、などと表現できるのかもしれませんが、やはり死相は死相です。(漫画で、落ち込んだ顔の一部に平行線をたくさん引いて影のような効果を出す手法がありますね。強いて言うならあれに似ています)
ただ、私としては、できるだけそういったものを見たくはありません。そのことについて誰かと話し合ってもしかたありませんから「あ、死相が出てる」なんてことも言いません。日常的には「そんなの、知らないもんね」といった感じで振る舞っています。ただ、そういったものに気づいてしまったり日常的に身近な人がこの世にいる、ということだけは「医者と話すと波長が合わない。医者が他の人間とは違うのはおかしい。もっと普通であるべきだ」なんて言う(見たいものしか見ない)人たちに知っておいてもらいたいと願います。
もちろん死相に気づくのは医者限定ではないでしょうが。
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医師を長くしていると。顔色が悪い人、死相のある人判りますね。
この間の肺がんで末期の方は、検査する前に死相が見えました。
これは医師の経験にもとずくもので、新米の医師の時はわかりませんでした。
たぶん、これは経験した医師の嫌な予感なのかもしれませんね。
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