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 もしかしたら漢字が読めない人がいるかもしれませんからタイトルに読みをつけておきましょう。「りんげんあせのごとし」。意味は「天子のことばは、あたかも汗のように、一度発せられたら引っ込めることができない。だから天子は軽々しく適当な発言をしてはならない」です。出典の『漢書』では「天子のことば」でしたが、後世それは「権力者のことば」に一般化されて広く用いられるようになりました。たとえ天子や君子ではなくても、「なんちゃって管理職」ではない本当の管理職(=人の上に立つ者)が言うことをころころ変えたらその下で動く者は困ります。だから権力者は、あとでころころ変更を要するような発言や誤解をされやすいことばを発しないように口を開く時には最初からよくよく気をつけなければならない、という意味です。(ここで注意が必要なのは、(孔子が言うところの)「(君子ではない)小人」の場合、「綸言汗の如し」を誤解してか、一度発したことばに執着してそれを変えない状態で自分のことばが引き起こした混乱を終息させることに夢中になってしまいがちなことです。(「出ちゃったことばは汗と同じで出ちゃったんだからもうどうしようもないだろう!」「前言を撤回したら俺のメンツはどうなる!」) 大切なのは「ことばを引っ込めない」に頑張ることではなくて「そもそもそんなことばを発しないこと」の方なのですが。まして、小人のメンツなんか些事の些事なのですが)(ここで『論語』の「小人の過つや必ず文る(しょうじんのあやまつやかならずかざる=つまらない人間は過失を犯したら、絶対に過ちを認めず誤魔化そうとする)」を持ち出すまでもないでしょう)


 で、最近の政治家の体たらくを見ていたら私は「綸言汗の如し」と呟きたくてしかたありません。ただ、彼らの行動を“正当化”することができる可能性がいくつもあることに気がつきました。

1)日本語が崩壊している(だから「綸言」以前に「言」自体が端(はな)から存在しない)
2)何らかの政治的意図がある(ことばの裏や意図をきちんと読む必要がある=それがきちんと読めないのが“誤解”)
3)彼らのことばは「綸言(権力者のことば)」ではない
 3-A)自分が権力者であるという自覚がない(酔っぱらい親父モード)
 3-B)ことばは汗とは違って出したり引っ込めたりが可能だと思いこんでいる
 3-C)実は彼らは権力者なんかじゃない(ただの無責任な下っ端、あるいは小人)

 1)の場合には、これはもうどうしようもありません。「これだったら伝わるかな」と祈りながら私はことばを発します。私にできるのはそれだけですから。
 もし2)だったら、はたしてそれは“誤解”する側の問題かな、と私は思います。「ことばをいかに操って人びとに自分が思うところをアピールするか」は政治家の“表芸”なのですから、それに失敗するのは単に芸が下手なだけです。あとになってから「それは誤解だ。私の真意は○○だった」と説明をしている姿は見苦しく、その言い訳は聞き苦しい。
 もしも3)だったら、これは悲しいですねえ。適材適所の原則を発動させたくなります(「綸言」を発することができない人間はその(綸言を発する)地位にとどまっていてはいけません)。それとも医療界だけではなくて「人手不足」は政界でも、なのかな。


※「一切の言い間違いは許さない」みたいに言われたら権力者はうっかり何も言えないじゃないか、と短絡的に思う人がいるかもしれませんが、実はそこには「君子豹変す」が“救いの手”としてあります。「豹変」は今は悪い意味で使われることが多くなりましたが、原典の『易経』では良い意味で、過ちを認めた上で豹の毛皮のように美しくくっきりはっきりと変わる、ということです。(もっともそれができるのは君子であって、じたばたと見苦しくあがいたり開き直ったりしている人は、「豹」でも「変」でもないので君子ではない、ということになります。ついでですが『易経』では豹変のくだりに「小人は面を革む(しょうじんはおもてをあらたむ)」が続いています) あ、「ならば好き放題言うだけ言って、まずかったらあとでさっと訂正すれば良いんだ」はダメですよ。それは「面を革む」でしかありません。さらに「綸言汗の如し」はちゃんと生きているし、そのことばの記憶も記録もどこかに必ず残るのですから。


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 麻生さんはたぶん「医者の常識は世間の非常識」と言いたかったのか、あるいはよほど身の回りで真っ当な医者に恵まれていないのかな(果たして恵まれてないのは医者だけかな?)。だけど「またつまらないものを切ってしまった」になっても仕方ないのでそれ以上深く考えるのはやめます。

 ところで、私は世間の常識から見たらたしかにしっかり非常識な行為をする人間です。たとえば人を刺したり切ったりすることにためらいはありません(もちろん職場限定ではありますが)。(世間ではふつう読まれないであろう)医学論文なんてものも日常的に平気で読みます(……あ、最近読むのをさぼっているけど……)。


 ところで、(医者の常識ではなくて)社会の常識から見て、以下はどちらを選択するのが「常識的」なのでしょうか。

1)過酷な職場でいくら頑張っても褒められず正しいことをしても結果が悪ければ非難され逮捕される
  A)やめることを考える   B)黙って頑張り続ける
2)ある特定の職業に従事しているというだけで悪口を言われたり変人扱いされる
  A)不愉快になる      B)じっと我慢する

 私は、世間の常識ではAが選択される方が多いのではないか、と思うのですが、違います? もしここで「お前は“医者”なんだから当然Bを選ぶべきだ(世間とは違う“常識”を使うべきだ)」と主張する人がいたら、その人は「医者の(世間とは違う)非常識」を容認するどころか、それをちゃっかり上手く利用しようとしている、と私には見えますが、これも私が非常識である証拠かな?


※「非常識な人間」と公に決めつけられた場合、「その言葉に“従って”非常識な行動をばんばんやってもよいと認められた(首相のお墨付きが得られた)」と考えても良いのでしょうか? だって“常識的な行動をする非常識な人間”って変ですから。まてよ、非常識な人間だから変で良いのかな? あれ?あれ?

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