今の年金制度は一種のネズミ算になっています。
年金の額や金を払う人がネズミ算式に増える、ではありません。
せっかく貯まった資金をネズミが途中で食い散らかしている、という意味です。
なお、ネズミの頭が黒いかどうかは確認していません。
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パターナリズム(家長主義)は現在の医療では毛嫌いされています。だけど、功罪の「罪」だけで「功」はないのか、と私はちょっと疑問を感じています。
君主制で考えてみましょう。英明君主の場合、適材適所によって政治システムは理想的に機能し幸福な人が大量に生産されます(「自分が権力者でないと満足できない」人は不幸でしょうが、そういった人はどんな政治体制でも(トップにならない限り)不幸ですからここでは無視します)。しかし、君主制でもしも英明でない(暗愚な)人間がトップにいたらシステムはきしみを生じ不幸な人間が大量生産されます。つまり、君主制の利点も弊害もまずはトップ次第、つまり制度そのものにだけ罪を問うのは早計、ということになるのではないでしょうか。
医療のパターナリズムも、英明賢明な医師が多ければ、それほど問題にされなかった可能性があります(そもそも賢明な医者なら最初から権力風をふかさない(ふかす必要がない)でしょうが、アホな医者が威張り散らしたからその反動で医者全体が反感を買い「そういった医者」が拠り所としていたパターナリズムが攻撃されるようになったのでは?)。だとすると、パターナリズム排除に熱心になるのも結構ですが、それと同じくらいのエネルギーを、賢明な医師育成にも向けた方が良いんじゃないかしら? 医師は「天の恵み」ではなくて「(社会で)育成されるもの」なのですから。
あ、私は別にパターナリズムを擁護しているわけではありません。パターナリズムは個人的には嫌いなので、それが滅びても別に痛痒は感じませんので。ついでですが、「アホな医者排除」に過剰に熱心になるのも結局「自分が権力風を吹かせたい(他人を支配したい)」欲望の具現化のように見えるので、そちら方面にも私のエネルギーを熱心に注ぎ込みたいとは思いません(やぶ医者の生存権を確保してあげる必要があるとは思いませんけどね)。私の思いはいろいろと複雑です。
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