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 ここからリンクしているブログ「3番目の落書き帳」の「猛省すべきなのは、当局ばかりでなく、マスコミもだと思うのだが・・・。」を紹介します。
 ここで取り上げられているのは「よみうり寸評」というコラムですが、こういったネタはなかなかネットでは拾えないので紹介してもらうとありがたいと感じて、読売新聞の愛読者ではない人のためにこちらでもさらに紹介することにしました。(他人のふんどしで相撲を取っているような気もしますが……(苦笑))

 で、よみうり寸評の主張「医師不足をなかなか認めず、偏在といい続けた当局に猛省と緊急打開策を求める」に対して、私も「どの口がそんなことを言う?」と感じます。「偏在と言い続けた当局」の提灯を持って踊ったり人をあおったりしていたのは誰?と。(ついでに、「緊急打開策」について具体的な「提言」はしないんですかね?)

 えっと、自分のふんどしも持ち出しましょう。
 死亡事故が起きてから「前からこのカーブは危険だと思っていたんだ」とか、地震の後になって「私はこの地震を予知していた」と言うのは、ある意味“簡単”です。しかし、私がマスコミや“当局”に求めたいのは「事後の指摘(「大地震がおきたらすごい被害が生じた」などの誰でも言えること)」ではなくて、囲碁将棋なら五手十手以上の読み、事件事故なら根本原因の追究です(マスゴミが大好きな「追及」ではなくてね)。“対症療法”では目の前の“症状”しか消せません。でも、きちんと追究することで根本原因がわかれば根本的な対策が立てられます。もちろん対策を立てないのだったら追究をしても仕方ありませんが。
 ……あ、そうか。「追究をしたくない」=「対策を立てたくない」=「だから追及をする」、なのかも。マスコミが「あんな口」をきくのは、「深く追究するのは疲れるからいやだ(あるいは、その能力を欠いている)」ということ以外に、深層心理に「対策を立てたくない」という根本原因があるからなのかもしれませんね。だって、根本的な対策が立ってしまったら、紙面などで「追及」するネタが減ってしまうもの(実は、本当は減らないのですが、考えが浅い人にはおそらく「追及のネタが減る」としか思えないでしょう)。

 そうそう、朝日新聞は、少なくとも今年の6月の時点ではまだ「医師不足の原因は医師偏在。悪いのは大学医局」と言いたいそうです。
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120806260002
 ……しかし、ここに載っている「二次医療圏ごとの医師数」の図、すばらしく操作的ですね。医師の絶対数ではなくて、それを人口あるいは医療需要(救急車が市の境界を越えることが多い場合はそれを加味)で割らないと正しい「地域比較」はできないでしょうに。
 さらに、十月に入って各地で研修医のマッチング(研修病院の採用と研修医の希望のすりあわせ)結果が発表になっています。各地の地方面に続々その記事が載ってますが、たとえば北海道はこんな記事です。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000000810170005
広島はこんなの。
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000470810240001
 「地元でマッチングによる内定者が少ない」ことに危機感がありますが、ここでも「その病院を希望する研修医が少ない」→「そこに定着する医師が減少」→「医師の偏在」→「医師不足」、という論理の流れが見えます。その流れの延長上に讀賣の「若手医師の強制配置」が浮かぶのは理の当然とも思えますが、大切なのはその「理」が正しいかどうか、根本的か表層的なものか、の検討ではないかなあ。これだとまるで「若手医師の研修先が偏るから、医療崩壊が起きた」なんて変な「理(若手医師の“自分勝手”が医療崩壊の“原因”)」を主張しているようにも見えるのですが。


※本稿とは無関係ですが、ネットで新聞の地方面がいろいろ比較して読めるのは、実に面白いものですね。昔「新聞は一紙(もちろん地方面は住んでいるところのものだけ)」で自分が満足できていたというのが、信じられません。


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2008.10.24 07:07 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

 三世代/三軒

 ちょっと事情があって、私の家は昨日まで約2ヶ月間、三世代同居となっていました。人が増えると、生活では良いことと悪いことがありますが、それは何人で暮らしても同じこと。そちらはソフトウエアで解決すればよいのですが、解決が難しいのはハードウエア面です。残念ながら私の家の構造は三世代にはあまり向いていないことがわかりました。設計段階では将来三世代同居もあると考えてそれなりに作っておいたはずなのですが、やはり帯に短したすきに長し、使いづらいところが目につきます。と言っても、たとえば同じ歩行障害に対する「バリアフリー」でも、適切な補助具が杖か車椅子か歩行器か手すりか、で廊下の幅や曲がり角などが全部違ってきてしまいますから、「どんな場合にも対応できる完全な家」というのは最初から無理な注文なのですが。

 「家は三軒建てて一人前」ということばがあるそうですが、それは静的な「家の構造」だけの問題(住んでみて初めて間取りとか水回りとかの不備に気づいて修正し、それでもまた何か出てきてやっと3回目で完成する)ではなくて、動的な「家と住人との関係」(住む人の体の状態や誰と住むか、加齢や子どもの成長、経済状態やライフスタイルの変化)によって、結局2回は建て直さないとそれぞれの人生のステージにぴったりしたものには住めない、ということを意味しているのかもしれない、と私は現在考えています。
 さて、将来長期的に三世代同居になるようだったらどうしましょう。今からどんな準備ができるのかなあ。三軒建てるほどの余裕はないのですが。


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