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<  なぜ日本の医療は崩壊しなかったのか | メイン |  三世代/三軒 >
 人が集団を作るとそこには必ずジャーゴン(仲間うちにだけ通じる特殊な用語)が発生します。業界用語とか専門用語というとなんとなく格好良いですが、隠語というとなんとなくじめじめした感じですね。世代間でもそういった言葉の差が生じます(「若者言葉」なんて言いますね)。しかし、言葉が異なる集団同士ではコミュニケーション・ギャップが生じて不便です。だからこそ、様々な集団を包含する「社会」ではコミュニケーションが重要となります。
 病院の中にも、当然ジャーゴンが存在します。仲間内だけで閉鎖的に生き続けるのなら、別にジャーゴンを使うことには問題はありません。問題が生じるのは、そのジャーゴンを知らない人と話をする場合です。そして、当然ですが、病院ではその「機会」がやたらと多いのです。病院のユーザーは病院の「外」からやって来るのですから。
 ところが「言葉が通じない相手」に向かって医療用語を説明抜きでばしばし使う医者は、たしかにいます。専門が違ったらジャーゴンは異なるので、「自分たちのジャーゴン」を平気で使われたら、同じ医者でも聞いていて困ることがあります。患者はもっと困るでしょう。

 そこでこんな試みが行われています。
 「病院の言葉、分かりやすく 国語研「説明の手引」」22日の朝日新聞の記事です。

 たしかに言い換えは必要です。通じない言葉を使うのはむなしい作業ですから。しかしここではたとえば「ステロイド」を長々と述べていますが、この「言い換え(説明)」を読んで、素人はどんな理解をするでしょう? これでは結局なにがなんだかわからないんじゃないかしら。

 また、「メタボリック・シンドローム」のところで、
>>メタボ」などと笑い事にしている人も多い、と指摘。危険な病気につながる可能性のある状態だと理解してもらう必要がある、としている。
 これは医者の責任でしょうか? ことばを笑いものにしているのはマスコミ(特にタレントたちが「メタボ」「メタボ」と笑いながら連呼しているTV)の責任が大きいように私は感じるのですが。

 必要なのは、機械的な「言葉の言い換え」ではなくて「双方の理解と納得のためのコミュニケーション作業そのもの」ではないか、と私は考えています。片一方がしゃべり続けてもう片一方が黙って耳を傾けているだけ、はコミュニケーションではありません。たとえ情報量に圧倒的に差がある場合でも、質疑応答という形で情報のやり取り(つまりコミュニケーション)は成立します。

 医療の主体は、医者ではありません。患者です。では、主体性を発揮するのは誰でしょう? もちろん主体である患者です。黙って座っているだけでは主体性は発揮できません。わからない言葉があったら間髪入れずに相手に「わかりません。ソレはどういう意味ですか?」と質問していくこと(「自分が理解していないこと」を相手に理解してもらうこと)を、私は患者に求めたいと思います。それも「コミュニケーション」です。
 ところがここで「質問したら医者に怒られるから何も言えない」とよく言われるのですが(つまりは「悪い医者/可哀想な患者」の構図)、そして実際にそのような医者が多いことも私は知っていますが、すべての医者がそうであるわけではありません。そして、そのようなことで怒るような医者・患者の質問にまともに答えない医者は、患者の方が見放すことが可能です(そもそも自分が使う言葉をきちんと説明できないのは、その医者が言葉の根本概念を理解していない(あるいは、理解はしていても他人にそれを伝達する能力を欠いている)と言うことですから、そんな医者は見放しても患者のデメリットは少ないはずです)。
 開業医だったらそこには行かないという手段があります(村に医者が一人しかいない、とか、社会主義的に計画配置された医者の場合は困難でしょうが、今の自由なアクセスができる医療制度だったら大体の場所では可能なはず)。病院だったら、主治医の交代というのはちょっと言い出しづらいでしょうけれど、真っ当な病院だったら「患者さんのご意見箱」のようなものが必ずどこかにあるはずですから、そこに「○○ということばの説明を求めたら、突然怒られて悲しかった」と具体的に投書(ここで抽象的に「医者が無愛想」とか感情的に「私は可哀想」と書いても、病院のシステム改善にはあまり役立ちません。「わかりやすい説明が増えること」が目的ではなくて「とにかく文句を言いたい」だったら、何をどう書いても良いですけど)。あるいは「このような対応が非常にわかりやすかった」とポジティブなことを書くのも、その病院が目指すべき方向性を示唆する点で有用です。こうすることで、患者とコミュニケートできない医者を、自然淘汰ならぬ、人為淘汰する(あるいはその医者の行動を変容させる)ことができる可能性が生じます。

 こう書いていて、自分の首筋がなにやらひんやりとしたのは、きっと気のせいでしょう。

 私は、患者さんとその家族の人たちとは、定期的に面談を行いますが、あらかじめ30分は時間を確保しておきます。なるべく「専門用語」は使わないように意識してお話をしますが、それでもついうっかりと通じない言葉を使うことはありますから、最後に必ず「質問タイム」を置きます。わからない言葉がなかったかどうか、と、話の内容について来られているかどうかの確認、および要望の吸い上げです。この面談を繰り返すうちに必要な時間は30分からどんどん短くなります。お互いに言うことがなくなっちゃうの。結局時間の大きな節約となります。(実際には、何を話すかの原稿(面談中に追加や変更があったらその場で書き込んで面談後コピーを取って相手に渡します)もあらかじめ作りますから、「こちらの時間」は30分よりはたくさんかかるのですが、あらかじめ文章にすることでたとえ専門用語が登場してもそこに「註」を入れることが可能となります)
 ただ、ここまで時間が使える医者は、日本ではまだまだ少数派でしょう。「30分時間を確保」のところで「そんなの、無理」と悲鳴を上げる医者が多いはず。「ゆとり教育」は失敗でしたが「ゆとり医療」はなんとかなりませんかねえ。説明する時間のゆとりさえあれば、「言葉を言い換えろ」運動をしなくても、コミュニケーション・ギャップは相当減らせると私は思うのですが。(急ぐとついつい専門用語が出てしまう傾向があるのです。専門用語は複雑な概念を一語に凝縮したものなので、それを使った方がしゃべる時間の節約になるように思えますから)


 ところで記事のタイトルの「国語研」って、何です? 私には正確な内容が理解できないので、ちゃんとわかるように言い換えてもらいたいのですが、これは無理な注文ですか?


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