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Doctors Blog

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 一昨日の「讀賣の真っ赤な「医療改革」」で触れた読売新聞の提言とそれに対する政府の反応を見ていると、田舎芝居のようなデキレースでの仲間内での褒めあいを見せられる気持ち悪さは別として、彼らは、医療を理解していない/自分たちが医療を知らないことを知らない/恥知らず/強い思いこみに凝り固まっている/ただの無能、のどれかあるいはその複合ではないか、と私には思えます。

 医療はシステムで動きます。「若手医師一人」をぽんと放り込んだらそこで自動的に「○○科」が芽吹いて定着して末長く機能するようなお気楽なものではありません。(まるで「砂漠に苗を放り込んであとは水と肥料をばらまいておけば、自然に稲がたわわに実る」とでも言わんばかりの「提言」ですが、苗を一本植えるにしても、荒起し・代掻き・あぜの保全・水の管理・草取りなどの地道で根気強い作業が必要ですよね。医療でも、若手医師なら指導者が必要ですし、たとえベテランの医師でも非医師のチームと病院内または地域内でのバックアップ体制(その医師が不在の時のささえ)がないと「システムとしての医療」は機能しません。それは医者一人が“頑張”ればなんとかなるような脳天気な代物ではないのです。それが嘘だと思う新聞記者は、自分一人だけで新聞が毎日発行できるか、と想像してみてください。ガンバってみます?)

 医療のことを知らないから変な提言ができたりそれをありがたがってみせたりするわけで、その場合にふさわしい言葉は「無知」です。あるいは「『自分の無知』に対する無知」(ソクラテスが聞いたら「2500年経ってもまだまだなのか」と嘆くかも)。単なる無知でも心が柔軟なら想像力で無知を補完することができる場合がありますが、「『自分の無知』に対する無知」の人のほとんどは、その想像力も枯渇していることが多いのが問題です。
 可能性としてタチが悪いのは、自分が何を言っているかその結果何が起きるかをちゃんと理解していて、それでも変な主張をしている場合ですが、それは「無恥」か「思いこみが激しすぎる(全体のことよりも自分の価値観を大声で主張することの方が大切)」となります。善意(と無知)に基づく確信犯(最近の誤用の意味ではなくて、本来の意味)という可能性もありますが。
 最後の「無能」は説明不要ですね? せいぜい好意的に表現するとしたら「彼らは『部分最適』しか知らない」ですが……やはり「無能」は言葉がきつすぎる? ならば「低能」にしてもよいです。

 さらに「医療僻地の住民は、若手医師一人を配置したらそれをありがたがれば良い」という「傲慢」の匂いもぷんぷんします。医療僻地だろうと都会だろうと、必要なのは「十分な(必要最低以上の)医療(制度)」ではありませんか? それを「医療僻地の人間には“この程度”で十分だ」と高をくくって判断をしているのだとすると、「無神経」を追加しなくちゃいけません。

 こういったマスコミと官僚がタッグを組んでいるのですから、日本の医療が崩壊するのも無理はないでしょう。
 ……いや、逆かもしれません。こんなひどい仕打ちを受け続けていながら、なぜ今まで日本の医療はなんとか(どころか、かつては世界最高水準で)機能することができたのか、を私は不思議に思うべきなのかもしれません。普通だったらもっと早く崩壊していてもおかしくないですよね。


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