新聞の見出しには「小6男児、給食のパンをのどに詰まらせ窒息死…千葉・船橋」とあります。お言葉を返すようで申し訳ありませんが、給食のパンかそうでないかは本質的な問題ではないと思います。(見出しにはその記事の「本質」が凝縮されているものでしょ?)
「こんにゃくゼリーで死者」で書きましたが、こんにゃくゼリーを敵視することが「解決」ではないことがこんなに早く証明されてしまいました。まさかこれで野田消費者行政担当相は「パンも規制」なんてことは言い出さないとは思いますが、言わなければ言わないで「じゃあ、なんでこんにゃくゼリーは問題にした?」というツッコミが山ほど入りそうです。目先の「敵」を叩くことに夢中になるのではなくて、行動には一本論理の筋を通しておくことがいかに重要か、の実例ですね。他山の石にしなくては。
校長の談話で「学校の対応に問題はなかったと思う」は……「最善は尽くしたが、残念です」だったら良かったのに。「問題があったかなかったか」はこの場合には自分で決定するものではありませんから。気道の確保の方法とか、ハイムリッヒ法(鳩尾(みぞおち)を圧迫してのどに詰まったものを吹き出させる)を全教員ができるべきだとまで主張はしませんが、もしこれが訴訟になって「学校の責任」がもしも確定したら、教師は全員それこそ救命救急士の資格も持たなきゃいけなくなります。これは勘弁。教師はとりあえず教育のプロであって欲しいので。
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しかし、こんにゃくゼリーは危険・警告の表示に過失・欠陥ありとメーカーも認めているので、規制のレベルが上がってしまうのです。喉の詰まる物質はいろいろありますが法規制の対象というのは過失や故意の部分です。のどに詰まるから禁止なんて論理はありません。これは新聞の見出しの欠陥ですね。
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