「百発百中の大砲一門と、百発一中の大砲百門が戦ったらどちらが勝つか」という問題があります。私が聞いたのは、昭和はじめの士官学校の試験問題で時代設定は日露戦争、となっていました。
問題:「日本軍の大砲は1門だが百発百中、ロシア軍は100門だが百発一中。これが撃ちあったら結果はどうなるか?」
で、模範解答は「日本軍の勝利」(もちろん「日本の負け」なんて書いたら「貴様それでも帝国軍人か!」と、とんでもないことになることは間違い無しでしょう。なにしろ「気をつけ」のときに膝がくっついていない(がに股)だけで思いっきり殴られる世界です)
※おそらくこの「試験問題」の出典は、日露戦争での日本海海戦大勝利のあと連合艦隊の解散式で東郷平八郎司令長官が述べた訓辞の一部「百発百中の一砲能(よ)く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我ら軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず」でしょう。
ただ、素直に確率的に考えたら日本砲は勝てません(OpenOfficeで計算してみました。エクセルも持っていますが単に気分の問題です)。両者同時に発射するとしたら、第一ターンでさえ日本の大砲が生き残る確率は約37%と出ました(100門全部が外す確率=0.99の100乗)。意外に大きな数字ですが逆に言えば「一発撃ったら破壊されてお終い」の確率が63%。あまり嬉しい数字ではありません。で、日本側が発射するたびにロシアの大砲は確実に一門づつ減りますが、第5ターンで日本の大砲が生き残っている確率は1%になります。有効数字を無限に取れば日本砲の生存確率はゼロにはなりませんが、1ターンごとに前の数字に「0.99の93乗」「0.99の92乗」をかけていくのはあまり気持ちよくありませんし、それ以前に「たとえ大砲が生き残っていてもその周囲は穴ぼこだらけで、当然まわりに積んでいた弾薬もやられているんじゃないか?」なんてことまで思ったらもうこれ以上計算する気になれませんでした。
※大砲を撃って目標にどんぴしゃで命中させるのは、実はなかなか難しいことです。野砲の場合、長距離砲撃では山の向こうとか地平線の向こうとか見えないところを狙うわけですが、単に地図で相手の座標が特定できたら距離を計算して大砲の方向と角度を合わせる、だけでは駄目です。まずはコリオリの力(数式を使わずに簡単に言うなら、砲弾が空中にある間に地球の自転で目標が動くから弾着がずれること)、それから気象条件(気圧(つまりは空気抵抗)が弾速と弾道に影響しますし、温度・湿度も弾速や火薬の燃焼速度に影響するでしょう。風の方向と強さも弾道に影響を与えます)、彼我の高度差(砲弾の放物線をどこまで描くか)、砲弾や大砲の製作精度、砲弾の姿勢(砲弾の軸が進行方向から微妙にずれると味噌すり運動を起こします)、兵の練度(大砲の角度や方向を、命令通りにきちんと実現できるか)などのパラメーターがすべて命中精度に影響するのです。海戦の場合には基本的に「見える範囲」を撃ちますが、こんどは両方(自艦と敵艦)が運動することと、海面の動き(波による上下動やピッチング・ローリング・ヨーイング)が加わるので陸とは違った難しさがあります。
だから“現物合わせ”も行われます。実際にとりあえず撃ってみて観測員が弾着を見て「もっと右」とか「ちょい手前」とか(実際にはもっと専門的なことばを使うでしょうが)連絡してきてそれをもとに狙いを修正していくわけです。日露戦争の日本海海戦(ロシア側からはツシマ海戦)では、日本艦隊は一つの艦が試し撃ちをやってそのデータを艦隊全体が共有してから連べ撃ちをした、とロシア側の兵士は述べています。対してロシア艦隊側は各艦がてんでばらばらにそれをやったため、日本艦隊の近くで上がる水煙のどれが自分の艦の撃ったものかわからず結局きちんと狙いがつけられなかったそうです。(それが「(バルチック艦隊の)敗因のすべて」ではありませんが、重要な要素であったことは確かです)
参考図書:
『日本海海戦の真実』
『ツシマ』上巻「バルチック艦隊遠征」・下巻「バルチック艦隊壊滅」
最初に戻って、さて、ではどうやって「日本軍の勝利」を導けばいいのでしょうか。非常識なまでに早く連発する(ロシア軍が数発撃つ前に日本側が100発撃ちきる)くらいしか私は思いつきません。ただ、一発ごとに照準を合わせ直す必要がありますから、いくら素早い弾込めを練習しても間に合うだろうか、とは思いますが、そこは「根性」とか「百発百中だから」でごまかしましょう。論理で困ったら大声と精神論です。それで戦争(敵)には勝てませんが論争(味方)には勝てます。
ということで、日本軍部首脳の頭の中では「これで日本の大勝利」となっていたわけで、実はそのまま日本は太平洋戦争に突入したわけです。「頭の中は日露戦争のまま」で。
日本の医療で、何かと言えば「理想の医療に比較して日本の医療は」と悪口を言う人がかつて多くいましたが、そういった人の頭の中は何時代だったのだろう、と思うことが今でもあります。赤ひげを持ち出す人はわかりやすくてきっと「頭の中は江戸時代」なのでしょうが、そういった具体例を持ち出さずに幻想のような医療ユートピアと現実を比較していた人は「頭の中はユートピア」だったのかな?
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そんな人間が過去ないしあったこともない時代の夢想にふけるわけですから、これはもう最悪としかいいようがないです。
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