最近近い親戚が総合病院に入院して手術をしました。とりあえず特に大きなトラブルもなく無事退院できたのですが、入院生活についてご本人から聞いていていろいろ考えることがありました。
かつて私が総合病院に勤務していた時にそこで強く感じたのは「専門医は多いが、全体を診る医者がいない」ことでした。たとえるなら、壁に様々なタイルがたくさん貼ってあるのだけれど目地がない状態。「壁」としての一体感がなくて隙間だらけだったのです(私が勤務していたところ限定、かもしれませんが)。
そんなところでも、解決するべき問題が単独の(一つの病気しか持っていない)人の場合は話は楽です。「その病気」を治療したらお終い。でも、世の中はそう単純ではありません。合併症が多い場合、話はややこしくなります。私は専門志向がないので、複数の病気を持つ患者さんの主治医になった場合には、単に院内紹介をするのではなくて、カルテとレントゲン写真を抱えて病院中を走り回っていろいろなドクターからアドバイスをもらった上で調整をして、検査の順番決めや治療の軽重の判断をしていました。しかし、そういった走り回るタイプでない主治医の場合、極端に単純化するなら「自分の専門領域は診た。あとは他の人に診てもらいなさい。では、さよなら」になることがあるのです。もちろん医者の言い分(多忙、専門外のことには責任が持てない)は理解できますが、患者の立場からはそれは不満と不安の種です。
患者としては、総合病院なのだから何でも診てもらえる、と期待します。なにしろ「総合」病院ですから。ところが実際にはそうならない(“単品”しか診てもらえない)場合がある。これは困ります。
ならば、「主治医」だけではなくて「全身担当医」をおくのはどうでしょう。今の研修医制度を活用するなら、経験が2〜3年目くらいの医者を、患者の部分ではなくて全身を管理する係とするのです。仕事は、患者が抱える心身のトラブルを1から10まですべて把握して、解決するべきもの・解決できるものは院内で最適なところに振り分けをする(あるいは自分が検査や治療する)ことです。これだと患者は、何があってもどこに相談すればよいか明確です。お役所の窓口のような、「それはあちら」「これはあそこ」の扱いを受けてさ迷う必要はありませんし、「あの先生の専門じゃないから」と細かいことの相談を医者にするのを遠慮することも不必要になります(医者からは見えにくいのですが、この「遠慮」がまた不満につながります)。金銭的なことや社会福祉のこともその「全身担当医」から相談室につないでもらいましょう。退院後の生活は入院生活の延長上に直結しているのですから、それも治療の一環のはずです。(この構想をさらにもう一歩進めたら、担当は医師免許を持っていない人でもよいかもしれません。病院に存在するすべてのリソースとの交渉と活用ができる人なら医療資格にこだわる必要はないのです)
本当は「主治医」をやっている「専門医」に、そういった機能を果たしてもらいたい所なんですけどね。これは医者が増えて(あるいは受け持ち患者数が減って)しかもその医者が若い時にそういった経験をたくさん積んでいないと無理でしょう。というか、こういった問題は、医者が個人としてがんばって解決することではなくて、病院がシステムとして対応するべきものです。病院はさまざまな専門技能が集結した「組織」なのですから。……おっと、個別の病院ががんばって解決するべき問題ではありませんね。日本の病院システムとして取り組まなくてはいけないはずです。
ともかく、今の総合病院には、私のようなローカル(あるいはロートル)医者の目から見ても改善したいところがあります。まして患者の目からはもっとたくさん見えているんじゃないかなあ。それを上手くすくい上げて活用したら、「不満」は「改善のためのポジティブな問題提起」になるのですが。
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小児科、産科、歯科、いろいろありますがやっぱり一番欲しいのは
精神科、心療内科ではないかと思います。
心の病んでいる患者さん、家族そして医師を含めた医療スタッフが年々増えているような気がしますので。
それは私も感じます。ただ、「精神科」は、精神科の医者を配置するだけでは機能しません。慣れた看護・介護スタッフとPSWと事務員とリハビリスタッフと心理カウンセラーがいないと効果が出ません。そのことがわかっている人が(特に「人を配置する側に)どのくらいいるかなあ。
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