私がこのことばを患者さんやその家族の人に説明する時には、まず「高次」の部分を指で隠します。「脳の機能の障害」で、その「脳の機能」の中でも「高次、つまり高いレベルのもの」が障害を受けているのです、と言いながら「高次」を隠していた指を外します。こうすると素人でもなんとなく理解のとば口に立つことができるようです。(「低次の機能は?」と質問があったら「運動・感覚・自律神経」と答えたり「動物と人間とが共通に持っている部分」と答えたり、そこはそのときの気分です)
「脳の器質的障害によって生じる知的・情動症状」は以前は「器質性脳症候群」と呼ばれていました(少なくともDSMーIIIではそうなっていました(DSMも今はIVになってますが))。私が医学生だった1970年代には脳梗塞や脳出血の後遺症としては、片麻痺・失語・失認・失行などのことばを習いましたが、「高次脳機能障害」ということば(概念)を習った覚えがありません。(私の記憶障害の可能性もありますけれど……あ、「記憶障害」も高次脳機能障害の一つです)
「精神障害者」と外からは見える人のけっこう大きな%がこの障害を持っているそうです。ただし、その疑いを持ってそのための診察と検査を行わなければ、見逃すことになります。私はかつてある精神病院でこの高次脳機能障害を精神障害の中から拾い出すために(私は神経のことは全然わからないので)神経内科医の導入を提案して見事に失敗した経験があります。「精神症状には精神科が投薬すればいい」と言われてお終いでしたが、「高次脳機能障害」ということばや概念を持たない人にはそれは「存在しない」あるいは「精神科医がなんでも対応できる」もののようです。内科医が精神科の治療に口をはさんだのが嫌われただけかもしれませんが。「脳(の器質的)障害は神経内科(あるいはそこを入り口として脳外科に紹介)」「精神障害は精神科」「全身は一般内科」のチーム医療が受けられたら、患者さんは今よりは幸せになれると思ったのですが、あっさり一蹴されてしまいましたとさ。
さて、高次脳機能障害を起こす原因疾患はさまざまです。一番多いのは脳卒中(出血・梗塞)や頭部外傷ですが、炎症(結核、日本脳炎、ヘルペス脳炎など)・変性疾患(アルツハイマー、パーキンソン病、前頭側頭型認知症、進行性核上性麻痺、筋萎縮性側索硬化症など)・中毒(アルコール依存、一酸化炭素中毒など)・低酸素脳症・脳腫瘍・その他身体疾患(甲状腺の病気などの内分泌疾患、膠原病、多発性硬化症、てんかんなど)……なんだか学生時代に試験勉強をやっていたときの気分を思い出しました。
症状は多彩です。脳の機能で低次のもの(運動、感覚、自律神経)を除いたもの全てですから……記憶障害・人格変化・感情障害・幻覚や妄想・判断力障害・遂行機能障害・注意障害・認知障害・見当識障害・意欲障害・自発性低下・病識欠如・失語・失行……(いちいちことばの説明はしません。興味のある方はネットででもざっと検索してください。いくらでも詳しいページがありますから)
問題は「治療」です。先ほども書きましたが「この人は高次脳機能障害ではないか」という疑いを周囲が持たない限りその人は「人格が変わってしまった人」「まわりに迷惑ばかりかける人」「精神障害者」として扱われ続けます。さらに「脳卒中」「脳外傷」だったら現在の医療制度では回復期リハビリテーションが受けられますが(交通事故だったら賠償請求もできます)、その他の病気だとリハビリテーションを行うことも困難です(今の制度には病名制限があります)。さらに回復期リハビリテーションには日数制限があります(小泉改革の“成果”です)。ところが高次脳機能障害は回復に時間がかかります。ふつう「年」単位と思った方が良いでしょう。
ですから高次脳機能障害は「医療/治療」ではなくて「福祉/介護」の分野できちんと長期に濃厚に扱うべきではないかと私は思うのですが、国民の厚生を心配するよりは銭勘定に忙しいお役人には一蹴されてしまうでしょうね。
どうも私の思うことは軽く蹴飛ばされることばかりで、困ります(愚痴愚痴愚痴)。
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