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 厚労省のお役人は書類仕事が大好きです。自分が好きだから他人も好きに違いない、と思っているのでしょう、次から次へと医者を(患者ではなくて)書類に向かわせようといろんな政策を打ち出してくれます。

 プレタールという薬がありますが、これは「(脚などの)慢性動脈閉塞症」と「脳梗塞(心原性脳梗塞症を除く)発症後の再発抑制」の二つを保険適応症として持っています(「適応」をこんな文脈で使うのは変に感じますが、医療畑の方言で、ここでは「この二つの病気に限ってはこの薬が保険で使える」ということです)。ところがプレタールのジェネリック薬は適応症に「脳梗塞……」を持っていません(つまり健康保険では脳梗塞の患者さんには使えません)。

 脳梗塞後遺症の患者さんが外来にやってきて、プレタールを処方したら「じぇねりっくとやらを政府が勧めているそうですね」との話になりました。さて、昨年までは処方箋に「プレタール」と書いたら「ジェネリックに変更してもよい」とわざわざ医者が書かなければ「プレタール」が薬局で調剤されました。ところが今年度からは「ジェネリックに変更しては駄目」と書かないと、薬局で勝手にプレタールがジェネリックに変更されることもあり得ることに制度が変更されています。ところがこの患者さんのカルテの病名が「脳梗塞」だけで「動脈閉塞症」がついていないと、ジェネリックは「保険適応外」ということになってしまいます。それは「健康保険法上、してはいけないこと」(保険の不正請求である)と私は厳しく仕込まれました。ですから私は処方箋にちまちまと書きます。「ぷれたーるはじぇねりっくにへんこうしないでね」と。
 つまり健康保険診療で適応外の薬を患者さんが飲むことをきちんと防止したい医者は、普段使っている薬だけではなくて日本中で使われる(院外薬局に常備される可能性がある)すべての後発品についても適応症を記憶していなければなりません。まるでクイズ王の養成講座を受講しているみたいですが、さて、それは「医療行為」でしょうか。

 こういった記憶に負担をかける物覚えゲームとか処方箋にちまちまいろいろ書く事務仕事などに時間とエネルギーを取られていると、「これで日本の医療が良くなるのか? 日本の医療以前に、私が医療ミスを犯す確率は減るのか?」と独り言を言いたくなります。

 独り言を言っても何も変わりませんから、ここに書いてみました。

 もしも保険適応外の薬でも院外薬局で勝手に出すのだったら健康保険上OK、なのなら私のこんな“努力”は不必要ですが、それならカルテへの厳密な病名記載も最初から不必要ですね。

 現在の日本の大学入試ではたとえば英語では「英単語をたくさん覚えている」受験生の方が有利です。しかし「単語をたくさん覚えていること」は必ずしもその人が「優秀な学生」であることを意味しません。「知的な優秀性」を評価するとき重要なのは「たくさん覚えている」ことではなくて「その知識がどこにあるかを知っている(辞書の使い方が上手い・検索が上手)」「知識の使い方が上手い」「ユニークな発想ができる」「論理的な思考ができる」「健全な常識を持つ」「盲従ではなくて批判的な思考ができる」といったこと(知識の“ストック”ではなくてそれを使いこなす“能力”)の方です。「たくさん覚えている方が優秀と判断される受験」を勝ち抜いた人が多く棲息しているらしい日本のお役所はもちろん「社会が優秀な受験生で満たされていること」がお好みのようですが、日本の社会に役立つのは「優秀な受験生」ではなくて「使える社会人」の方ではありませんか?
 世界中の薬の構造式やら適応症を全部記憶している医者よりも、目の前の患者さんをどうやって治すかに集中でき制限のある手持ちの“武器”をいかに活用するかの応用力のある医者の方が、患者さんには役立ちませんかねえ。
 他人に暗記させたい人は、まず自分で暗記してください。その知識を臨床現場で活用することでこちらを手伝ってくれたら、嬉しいな。手伝う気がないのだったら、せめて邪魔はしないで欲しいな。


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