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書誌情報:『医学が歩んだ道』フランク・ゴンザレス・クルッシ 著、 堤理華 訳、 ランダムハウス講談社、2008年、2300円(税別)

 医学論文で必ず問われるのは「何か新しいことが盛り込まれているか」です(これはおそらく医学以外でも同じことは求められるでしょう。私は他の分野の論文を書いたことがないので、ただの想像ですけれど)。単に過去の知見がずらずら並べられているだけなら、そんな“論文”は読むに価しません、いや、それ以前に存在価値がありません。読者は焼き直す前の過去のオリジナル文献を読めばいいのですから。その過去を踏まえて、自分なりのノイエス(医者の世界のスラングでドイツ語ですがNeues、英語に直訳したらnewsですが意味からはnewnessかな)を主張しなければそれは「私の論文」ではないのです。
 本もそうでしょう。「他の人とは違う自分独自の主張や見解」が盛り込まれていない本は、わざわざ新しく出版する必要はありません。

 さて、本書は医学史を扱っています。「医の巨人」(たとえば19世紀後半なら、コッホ・パスツール・北里柴三郎などすぐにいくらでも出てきますね)の人気が高いせいか、この分野は類書がやたらと多いので、著者のオリジナリティはどこにあるのか、と、まずそこが気になります。(“素直な読者”だったら、「医学の歴史って面白そう」と思うべきなのでしょうけれどね)
 医学の歴史を描くのに、「医学の歴史上で偉大なことを成し遂げた人の列挙」という手があります。本書も、ヒポクラテス・プラトン・アリストテレス・ヘレニズム時代(ヘロフィルスやエラシストラトス)・ガレノス、といった定番ネタで始まってはいますが、単なる「医学の偉人伝」ではありません。むしろ、「医学は偉人のものではなくて、ごく当たり前の人間が間違いを犯したりしながら仕事をしているうちに思いもかけず時代の寵児になってしまった、なんてことが積み重なってその時代を形作った」という視点で書かれています。だからと言って「医者はこんなにつまらないことをした」のネガティブなことを書き連ねるわけではなくて、「医学の本質(他者に捧げる行為)」への尊敬の念を示すことも忘れてはいません。「当たり前の人間」は実は時代の申し子であり、彼らが当たり前に(あるいは頑張って)仕事をした集積がそのまま「時代」を作っていった、というきわめて当たり前の態度で本書は書かれているのです。

 もちろん、とんでもないドジもあります。たとえば、梅毒と淋病がまだ混同されていた時代に、病気持ちの売春婦から採取した液(どこから採取したかは書かなくて良いですね?)にメスを浸して、それで自分のペニスを刺してしっかり性病をもらってしまった医者とか。(ただ、医者には自分を使って実験する傾向もけっこうあります。最近でも、ヘリコバクター・ピロリの感染性を、自分で飲むことで“証明”した研究者がいませんでしたっけ?)

 失敗談を正当化するならば、医学の歴史で重要なのは、“成功談”だけではなくて“失敗”をいかに生かしたかだ、と言えますが、これはあながち的外れとは言えないでしょう。

 具体的に取り上げられる病気は、ペスト・ハンセン病・梅毒・天然痘・結核・インフルエンザ……
 ここでは「病気の歴史」だけではなくて、それに立ち向かった医師たちの姿が生き生きと描かれます。思わず吹き出すような失敗談・驚くような偶然・勇気・洞察・自己宣伝の才……様々な病気と様々な医師が織りなす“ドラマ”は読んでいて飽きません。
 「病気という概念(何を病気とするか)」についての章も興味深く読めます。最初はヒポクラテスで始まるので「神聖病(てんかんの発作)」かな、と期待したら軽くスルーされてマラリアが取り上げられます。残念。つぎつぎ様々な病気が登場したあと、19世紀のパリで臨床病理学が推進されたことを著者は熱気を持った文章で描きます。『臨床医学の誕生』(フーコー)でもフランスにおける病理解剖の重要性が強調されていますが、こちらのほうがずいぶん熱い、と思ったら著者は病理学者だったんですね。なるほど。
 精神病と向精神薬のところはもう少し掘り下げても良いのでは、と感じましたが(「精神病」が「精神の病気」なのか「脳の器質障害」なのか、について面白い議論ができると思うのです。薬物は魂ではなくて肉体に作用するものですから)、ともかく、医学史についての初級編(一部中級)としては大変良い本です。


 そうそう、本書で著者はガレノスに対して否定的です。しかし私の目には、ガレノスが1000年以上西洋医学を支配したのはガレノス個人の罪ではない、と見えます。ニュートンでしたか、「自分は巨人の肩に乗っただけ」と言った人がいます。天才などと評される自分が他の人より遠くを見ることができたのはただ巨人の肩に乗ったから、と言うわけですが、巨人とは前人の業績のことです。たしかに人がまったく単独で成し遂げられることはしれています。前人の失敗に学び前人が到達したところからスタートできるからこそ、進歩があります。ところがガレノスの場合、人びとは「巨人」の前にひれ伏すだけで、その肩に上ろうとはしませんでした。それはガレノスではなくてひれ伏した人びとの“罪”でしょう。私はそう考えます。


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