そもそも「事件」ではなかった「大野病院事件」は当然の判決が出ましたが、そのことについては多くのブログで取り上げられているので、屋上屋を避けます。(事件性があるとするなら、本来事件ではなかったものを事件化して医者の人生と医療を破壊したことにあるとは思いますが)
私が今気になっているのは、それが報じられていたのと同じ日の新聞の別のニュースです。
西濃運輸の健保組合が、高齢者医療制度への支出(前期高齢者納付金と後期高齢者支援金)が過大(加入者からの保険料の6割になる)で組合の収支が赤字になるため解散して、従業員は全員国保へ移行、というニュース。
http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/080822_1.htm
で、これは西濃運輸だけの問題ではなくて、多くの健康保険組合が赤字になりそう、とのことです。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080822-OYT8T00267.htm
国が国民のことよりも自分の負担を減らすことを狙って作った制度ですから、結局その「減った負担分」は誰かがかぶらなければならず、それがまずは西濃運輸を直撃した、ということでしょう。で、この「事件」はおそらく“連鎖反応”を示すと思います。そうなると国の方は自分の支出を増やさないために国保料の値上げを考えるでしょうが、さて、そこでこんどは何が起きるでしょうか? 誰でも容易に想像できることが……
こういった野放図な国の民間へのつけ回しは不健全だと私は感じるのですが、そうは感じない人が政策を作っていることがこの問題の奥に隠れています(それが根本原因かどうかはわかりませんが)。政策を作るのは、税金にたかることに慣れている人や、民間の資金(政治資金とか、タクシーで提供されるビールなど)を消費することに慣れている人たちばかりなのかな。そんなに民間に頼りたいのだったらいっそ政府そのものを「民営化」した方が良いんじゃないかしら。
そういえば税金徴収の費用も、民間がけっこう負担していますね。本来だったら各個人が税務署に納税する必要があるのに、会社がそれぞれの企業分をまとめて処理代行しています。その事務費や人件費は全部会社の負担ですが、これも「国の負担の軽減(=民間へのつけ回し)」と言えるでしょう。
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商売柄、患者本人や家族から「話を聞きたい」と求められることはよくあります。インフォームド・コンセントなんてことばを持ち出すまでもなく、情報を共有することは治療を円滑に進行させるためには有用ですから、基本的に私はそのリクエストにはちゃんと対応することにしています。
しかし、同じ『話を聞きたい」ということばでも、“中身"は2種類に分類できます。一つは文字通り「(病気その他について)情報を集めたい。現状を知りたい。見通しを知りたい」です。もう一つは「俺の話を聞け」。
前者については説明は不要でしょう。しかし後者はこのままではわかりにくいでしょうから……具体的な話にしてみましょう(例によって、実話ベースですがフィクションで修飾されています)。
Aという病気の甲さん、奥さんは乙さん、長男は丙さんで次男は丁さん、という家族です。息子さんはそれぞれ独立して家族がありますが、そちらの家族の人物紹介はここでは省略します。入院の時には乙さん丙さん丁さんが甲さんと一緒に来られましたが、入院申込書の第一保証人は奥さんの乙さんで第二保証人は長男の丙さんでした。入院後しばらくして大体のことがわかりましたので「病気について説明をしますから、話を聞きたい家族の方は皆さん一緒にご来院ください」と私は求めました。なぜ「一緒」か? 話をするのが1回ですんだ方が楽、という私のわがままもありますが、「伝言ゲーム」では情報は確実に歪められますし、情報伝達だけではなくて何かを決定する場合には関係者が一堂に会したら相談が効率的で決断が明瞭に行われる、という事情もあります。参加できない人は希望をこちらに伝言で、とも求めます。
で、甲さん乙さん丙さんが集まったので私は相談を始めました。
「入院時にお話ししたように、甲さんはAという病気で間違いないとは思いますが、ごくごくまれにBという病気が隠れていることがあります。ただ、それをきちんと検査できる医者は、この県ではC病院にしかいません。調べてみたらその先生の外来は予約制でもう一ヶ月先まで埋まっていますが、ご希望だったら予約を取って紹介状を書きます」
それぞれの病気についての説明もしました。3人は相談をして、「Bについては急がなくても良さそうだし、それがある可能性も低いのだから、まずはAについてちゃんと治療して、それが上手くいかないとかあるいはBの可能性が高まったとかだったらそこで改めてC病院へお願いしたい」と結論を出しました。私もそれが妥当な所だと思いましたのでそれで入院治療を進めることにしました。
数日後丁さんから電話がありました。「詳しい話を聞きたい」と言うのです。「甲乙丙さんから話は聞かれたのでは?」と問うと「聞いたけれど、直接先生から聞きたい」。それなら最初の集まりの時に来ればいいのになあ大体もう話は聞いているし方針も決定されているのにそれ以上何を聞きたいのだろう、と思いながら会うとのっけからこちらの話も聞かずに「すぐにC病院に紹介してくれ」です。「もしBがあったら心配だから、念のために受診させたい」。
「なるほど。で、予約を取って紹介状を書くのはできますが、本人に『外来に受診しろ』と言うのは誰なんです?」と私。「それと、誰がC病院まで連れて行くんです?」
「先生に決まってるでしょう」
「C病院に連れて行くのも?」
「いや、それはお袋が行けばいい」
「で、お母さんに『連れて行け』と言うのは誰です?」
「先生に決まってるでしょう」
決まっていません。だって「C病院に行くべきだ」と主張しているのは現時点では丁さんだけで、私は(それと甲さんも乙さんも丙さんも)まだそのことに賛同していないのですから。
「では、丁さんが『C病院に行くべきだ』と言ってます、とご本人たちに説明します」
「それはやめてくれ。自分の名前は出さないで欲しい」
なぜ?
丁さんから、それから後に他の家族の方たちから集めた情報によると、つまりは兄弟の仲が悪くて、丙さんのやることはすべて丁さんの気に入らない/丁さんの言うことにすべて丙さんは反対する、という状態なのでした。だから丁さんは自分の言い分を押し通すために陰に隠れて黒幕となって私を操縦して甲さん乙さん丙さんの異見を変えさせ自分好みの行動を取らせようとしたわけです。でも、それなら丁さんは私と代理人契約を結んでくれなければなりません。さらにそれは甲さんと私が結んだ医療契約に抵触しないものでなければなりません。なぜなら「この治療」の中心に位置しているのは丁さんではなくて甲さんなのですから。
整理します。丁さんは甲さん乙さん丙さんを自分の思うとおりに動かすために私(おかだ)を自分の思うとおりに動かして甲さん乙さん丙さんを丁さんが思うとおりに動くように「医者の権威」を使って説得させようとしているのです。
ああ、ややこしや〜。
丁さんの誤算(の一つ)は、私が「医者の権威」を使って人を思うがままに操縦すること(パターナリズムばりばり)が大嫌いだった、ということでしょう。
ということで、「話を聞きたい」というリクエストの中には「俺の話を聞け」「俺の要求をかなえろ」が混じっているのですよ、というお話でした。
これが「話を聞きたい」ではなくてせめて「俺の話を聞かせたい」と最初から要求してくるのでしたら、その正直さだけはポジティブに評価できるんですけどねえ。
※これはついでの話なんですが、「金を出す」か「手を出す(治療や介護や看護に貢献する)」ことが医療の現場では求められますが、「金も手も出さないけれど、口だけは出す」人は、医療の現場ではあまり高く評価されません(これはその人が医療のプロでも家族などの医療の素人でも同じことです)。汗をかかずにえらそうに能書きだけたれている人に対しては、地位や性格などの関係で面と向かって言えない場合には、かげで悪口の花盛りとなっています。
……ああ、自戒しなければ。
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