新型インフルエンザ(に限定せず、爆発的な流行をする致命的な病気)のパンデミックで問題になるのは「病気の治療」が困難なことだけではなくて「社会の破壊」が起きることです。ライフラインや物流や情報など、社会の基本的なインフラが、基幹要員の減少(死亡や病欠)などによってずたずたにされます。細かいことになりますが、最近では火葬場の不足も言われていますがたとえそんな事情が無くても、大量の死者がでることによって火葬が間に合わなくなるなんてことも起きるでしょう(実際、スペイン風邪の時に日本ではそうなりました。棺桶が山積みになって「何日か順番待ち」なんてところもあったそうです)。
今日は広島原爆の日。私は被爆直後のヒロシマ・ナガサキの医療状況を重ね合わせています。大量の死者と大量の負傷者(それと、当時は未知の急性放射線障害)。それを診るのは当然医療機関ですが、そこも被爆しています。それでなくても戦争によって物資不足だったのに、原爆による破壊と押しかける患者に使うことで資材はあっという間に無くなってしまいます。補給はありません。職員も皆被爆しています。幸い生き残った者も、皆フラフラの状態です。そこでどんな「医療」が可能だったか、想像力がある人は想像してみてください。
パンデミックと原爆とはもちろん違います。ウイルスは建物は破壊しないし火災も起こしません。ただ、パンデミックでウイルスは全世界を犯します。原爆の時にはあまり多くは望めませんでしたが、たとえば大震災だったら「この数日を乗り切れば、“外”から援助の手が届く」ことが期待できます。でも、パンデミックの場合“外からの援助”は期待できません。傷ついた社会はその傷を負ったまま自力で生き延びる努力をしなければならないのです。
国にはせめて最低限の仕事「国としての基本方針を定める」「そのための十分な予算措置を講じる」「広報をする」はやってほしいと希望します。国の方針が「各地方自治体に任せる(丸投げ)」でもかまいません。ただ、それだったら地方が自由に使える予算をきちんと確保して、ついでに“国家”公務員とか“国会”議員という名称変更も考えてもらいたいとは思いますが。
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