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<  読書感想『スポーツで心臓が止まる時』 | メイン |  パンデミックと原爆 >
 「口腔」「腹腔」の「腔」の字を「こう」ではなくて「くう」と読むのは医療界独特の“風習”です。医学の外側の人から時々不思議がられたり「医者は漢字が読めないのか」と揶揄されたりするのですが、調べてみるとちゃんと歴史と理由がありました。私が検索をかけてみた中で一番詳しく書いてあったのは
http://www1.linkclub.or.jp/~yosihide/index.html
の中の「腔の読み」ですが、ちょっと詳しすぎて読みにくいのでかいつまんで説明します。

 もともと日本の医学界でも「腔」は「こう」と読んでいたのですが、「こう」と読む漢字が多すぎてたとえば「こうこう」が「口腔」なのか「高校」なのか「膏肓」なのか「硬膏」なのか(以下延々と続く)わからない。そこで学術用語として誰が聞いても誤解がないように定めよう、ということで昭和十五年から日本解剖学会の用語委員会で検討され、「腔」は「くう」と読もう、と定めて昭和十九年に日本医学会と文部省に通知、昭和二十二年に『解剖学用語集』として出版された、という経緯だそうです。一般の人や他の学会はそんなのは知りませんから「腔」は「こう」と読み続け(「腔腸動物」など)混乱があったため、国語審議会が審議して、文化庁が昭和五十一年に『ことばシリーズ5 言葉に関する問答集2』にその審議内容を要約し「一般には「こう」が正しいが医学用語では「くう」が正式用語である」と結論づけています。


 たしかに日本語変換で「くう」で出てくる変換候補は数個ですが「こう」だと百以上出てきますね。皆様、一度手持ちの日本語変換プログラムで単漢字変換を試みるか、漢和辞典が手元にあれば読みが「こう」の漢字を引いて数えてみてください。ちなみに私の小さな漢和辞典には「こう」は百数十文字しか収載されていませんでしたが、『漢字源(2002年の改訂新版)』では650以上、ATOKの文字パレットでは、「くう」は五つ、「こう」はなんと900近くも漢字が出てきました。そのうち何文字知っている字があるか、一度ぜひお試しを。


 ところで、「空」の音読みは普通「くう」であって「こう」ではありません。『漢字源』では「空」の読みは「呉音ではクウ、漢音ではコウ」と載っていますが、「空」を「こう」と読む例を私はすぐには思いつけません(どなたか、一般的な用例をご存じです?)。ところが「腔」は一般日本語では「こう」であって「くう」ではない、というのもまた逆に不思議なものです。漢字の属性はへんで示され読みはつくりによって規定されることが多い(「砂・沙・紗」「溝・構・購」「肝・汗・虷・釬」など辞書を引かなくても例をすぐに上げることができます。もちろん例外も多い)のですが、どうしてこの漢字「腔」は「空」を含んでいるのにふつうは「くう」ではなくて「こう」と読まれるのでしょうか。
 え〜い、こうなったら蛇足の蛇足。「空」の読みは「工」が音符として担当しています(「空」はうかんむりではなくてあなかんむりの文字です)。ところで「工」の読みは? ふつうは「コウ」(漢音)ですが「大工」「工面」「工夫(こうふ、じゃなくて、くふう)」など「ク」(呉音)とも読みます。だから「空」は「こう」「くう」と読む……あれれ、「工」は「くう」じゃなくて「く」ですよねえ。あれあれ?

 さてさて、「腔」(一般)→「腔」(医学)についてはわかったような気がしますが、「工」→「空」→「腔」の読みのギャップには一体どんな謎が? いやはや、漢字の世界は奥深すぎて素人にはわけがわかりません(と、逃げます)。


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