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2008.08.02 17:30 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 幻想

 「病院に運べば、どんな状態でも助かる」。それは残念ながら幻想です。病気でも外傷でも、たとえブラックジャックでも助けることができない状態が存在します。「最善の努力をすれば救命できたはず」と後付けで述べる人がいますが、必要なのはそんな抽象的な言い方ではなくて具体的に明確に5W1Hを述べることでしょう。(医療現場は有限のリソースを(抽象ではなくて)事実で分配して動かします)
 「マスコミは正しいことを報道する」。それも幻想です。ただ、「残念ながら」をつけるべきかどうかに私は迷いを感じます。日本のマスコミの出発点は瓦版で、瓦版の目的は「真実を伝えること」ではなかったのですから。
 「医療崩壊は医師不足が原因、だから医師を増やせば医療崩壊は解消する」。これも幻想です。説明、必要です?(私は親切なので、わからない人のためにヒントを一つ。この言説の内容の真偽以前に、まずは形式的に吟味してみてください。たとえば練習問題として「僻地の問題の原因は人が減ったこと。だから僻地の問題は住民を増やせば解決する」が正しいかどうかを考えてみるのもよいでしょう)
 「お上に任せれば安心」。ここで笑った人、笑い事ではないのです。ふだん悪口を言いつつも、それでも精神的にお上に頼っている(依存している?)人は意外に多いのですから。それは、お役所に対する悪口と「役所がちゃんと規則を作れ」などと頼る態度とが両立する点から推測できます。私自身、ついうっかり「役所がちゃんと」のことばに頷きそうになりますが、期待するべきは「最低限の仕事(義務を果たすこと)」であって「最高のパフォーマンス」を望むのは酷でしょう。(もちろん、最低限の仕事さえしない(できない)のは論外ですが)


 こんなに幻想に充ち満ちていて、日本は大丈夫なのかなあ。


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 たとえば腸チフスと思われる患者が発生したらどうしたらいいでしょう。まずは診断と治療、それと保健所への届け出です。ところが19世紀、コッホやビスマルクと同時代のプロシアには、それとはまったく違う提案をする医者がいました。
 名前はルドルフ・ルートヴィッヒ・カール・ウィルヒョウ。職業は医師兼政治家(病理学の大家ですが、有名な業績として、白血病の発見・細胞説の推進・人類学の基礎固めなどがあります)。そして腸チフスに対する彼の“処方箋”は「下水道の設置」でした。便で汚染された水を飲むことが発症の原因なのだから、物理的に社会の中で汚水を飲めないようにすれば解決じゃないか、というわけです。(さらにこの解決法が優れているのは、腸チフスだけではなくて赤痢やコレラも予防できるという“副産物”が生じることです)

 「チフス患者が目の前にいるのだから、その人を治療をしよう」はもちろん間違った考え方ではありません。しかし、もしも不潔な環境が病気を生み出す母体であるのなら、そこから次々生み出される患者にもぐらたたきのように一人一人対応することに熱中するのは、間違いではありませんが、正しい治療態度とも言えません。そのとき本当に「治療」されるべき「都市(の不潔な環境)」を放置しているのですから。


 都市を治すのは医者の仕事ではない?
 私は「上医は国を治す」を思い出します。(中国の古い格言「下医は病を治す、中医は人を治す、上医は国を治す」から。……おっと、ここまで書いたらおかだの蛇足をつけたくなりました。「やぶ医者は病も治せない」)


 通り魔殺人事件など理不尽な犯行が続きます(あるいは、続いている、とマスコミが報じます)。あるいは教育委員会の汚職のような「そこでそんなことして良いのか?」と言いたくなるような犯罪も。では、その「犯人」を一人一人厳罰に処する……これはもちろん重要なことです。大人は自分がしたことに責任を取らなければなりません。ただ、個人を一人一人罰することに熱中する(個別にもぐらたたきをやる)のは、“正しい態度”でしょうか。
 もちろん“間違っている”とは私は主張しませんが……それと同時に、この社会に“下水道”を作る必要はありませんか? 具体的に今すぐ何をすればよいのか、上医ではない私には残念ながらまだ見当がつきませんが、そういった発想で犯人たちやその周辺にたとえば選ばれた心理カウンセラーがインタビューしたら、有用なデータが得られるのではないかとは予想できます。心神喪失か耗弱かを争う法廷テクニックのためだけの精神鑑定ではなくて。


※たとえば「警察国家にする」とか「校則を厳しくする」とかで手っ取り早く暴力的に対応するのは「もぐらたたきのハンマーを大きくしただけ」でたたくことにに熱中している基本態度は変わらない、と私は考えます。それよりも「社会の質を上げる」ことで結果として様々な善いことが起きることを狙う方が、やる方もやられる方も嬉しいんじゃないかしら。


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