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医学関連の本ではないので、ここに「読書感想」としては書きませんが、昨日『沈黙のたたかい ──フランス・レジスタンスの記録』(ヴェルコール、 新評論)という本を読んでいたら、その中に印象的な記述があったのでそのことについて。
この本には、ドイツに占領された北フランスで著者が「自分に何ができるか」と考えていた時、「ナチスにフランス人が屈服している」というイメージが傀儡政府の出版物や提灯持ちの御用マスコミの宣伝で世界中に広まっていることに気づくシーンがあります。もちろんそんな(ナチスに尻尾を振る、あるいはナチスに尻尾を振るフランス傀儡政権に喜んで従う)フランス人も多くいましたが、実際の大多数(の、少なくとも心)は違うぞ、ということで著者は武器のかわりにペンを取り秘密出版によるレジスタンスを始めます。(ついでですが、ヴェルコールは、ナチスとドイツをきちんと区別しています)
政府や提灯持ちの御用マスコミ、ということばでもうピンと来ましたね。はい、医療に関する日本政府やマスコミの宣伝や報道です。たとえ現実とは異なる間違ったイメージでも、権力と広報テクニックがあればそれを世界中に広めることは可能です。鵜呑みにして信じる人も多く出るでしょう。しかし「正しさ」と「声の大きさ」の間に相関関係はありません。むしろ「声の大きさ」だけを前面に押し立てる人びとは無意識では「正しさ」に自信がないからそう行動している、という穿った見方をすることも可能です。自分の「正しさ」に確信があれば、それを暴力的に他人に押しつける必要はないのですから。(ついでですが「正しさ」と「それを信じる(と口にする)人の数」の間にも単純な相関関係はありません。もちろん無関係でもありませんが)
私は自分をレジスタンスの闘士になぞらえる気はありません。それは、命を賭けて活動していた彼らに対して失礼です(フランスでレジスタンスの罪で銃殺されたのは3万人。強制収容所送りは11万2千人(そのうち生きて帰れたのは3万5千人))。秘密出版は命を賭けた事業であり、全世界に公開されたブログとは全然違います。でも、心意気の点だけは、レジスタンスの人びとを少しでも(爪の垢くらいでも)見習いたいと思っています。
政府やマスコミが何を言おうと、間違っていることは間違っている/奇妙なことは奇妙、と私はここからささやかに発信していきます。もちろん、死語や医学の面白さも。できるだけぴんと背筋を伸ばしながら。
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