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Doctors Blog

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 「人事を尽くして天命を待つ」と言いますが、天命は非情です。人間の都合を考えてはくれません。医療の現場で私たちは常にそういった状況に直面させられます。「人事は尽くした。助かるかどうかはもう祈るしかない」という状況に。あるいは……「祈ってももう無駄だろう」と苦汁とともに認識せざるを得ない状況に。
 「絶体絶命の状態から助かった」になるために必要なのは、奇跡か魔法です。奇跡を起こすのは聖人ですが医者は聖人ではありません。それに、たとえ聖人でも毎日奇跡を起こすことはありません。となると、現代医学では命を救うことが不可能な状況で医者が期待されるのは「魔法を使うこと」になります。

 「高度に発達した科学は、魔法と区別がつかない」はA・C・クラークの有名なことばですが、今の医療に詳しくない人にとっての医学は実は魔法と同じ領域のものなのかもしれません(基礎知識もなく過程も全然理解できず、ただ結果だけが突きつけられる)。だから「人は死なない。病院に運べば必ず助かる」なんて魔術的な前提も平気で受け入れられてしまうのかもしれません(あるいは、実はそう信じていなくても、先の大戦での「神風が吹く」「この非国民め」と同じで、信じているフリをした方が有利に日常を過ごせるという計算による行動かもしれませんが)。
 とにかく、「死にかけていても、魔法でちょちょいと助けてくれよ。できるんだろ?」です。
 だから「たらい回し」は許されません。「どこでも良いから病院(“魔法”が使える場所)に運び込めば助かるはず」なのですから。「トリアージ」も不評です。「順番をいじくるひまがあれば、さっさと次々運び込めばいいじゃないか」です。病院で患者が死ぬなんてとんでもないことです。病院は人が助かるところで人を殺すところではないのですから。

 問題は医者が「魔女(魔法使い)」ではない、ということです。しかしそれは人びとの期待を裏切っており、「本当は魔法で人を助けることができるはずなのに、魔法が使えないフリをして、あるいは手を抜いて、あるいはミスって、助けることができなかった。魔法が使えないのが本当ならそれは魔法使いとしては論外だし、フリでも手抜きでもミスでも、どれにしても厳しく罰するべきだ」になってしまうのは論理的必然です。(「」内の論理展開はそれなりに筋が通っていますが、実は特に重要なのは「期待を裏切った」の部分でしょうね)
 「存在してはならない魔女が存在して害を為しているにちがいない」と「魔法使いが存在して助けてくれるべきだ」では、魔法に対する価値観の点でまるっきり逆の発想ですが、間違った前提に基づいて論理が進展し人びとの期待と行動をあおり立てる構造は魔女狩りも医者狩りも同じです。


 現代の医学は魔法ではありません。
 ここから話を始めなきゃいけないのでしょうか。


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2008.07.28 06:55 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 死語(38)中気

 かつて私が受けた脳外科の授業では、脳血管障害は「脳出血・脳梗塞・クモ膜下出血」に分けられ、さらに脳梗塞は脳血栓と脳塞栓に分けられていました。(クモ膜下出血の原因は主に脳動脈瘤ですが「モヤモヤ病」なんて変わった名詞も脳の奥からもやもやと出現してきました)
 私が医学部を卒業する頃はちょうど日本でのCT普及の最初期に当たっていて、国家試験にCTの読影問題は出てこなかったと記憶しています(もし出ても、現在の精細な画像とは雲泥の差の、まるでモザイク処理でもかけたような画素の荒い、それこそ出血と梗塞の有無と大体の大きさが言える程度のものだったでしょうけれど)。

 「脳血栓/脳塞栓」の区別も今では少し変わりました。
 動脈硬化から血管が閉塞したのを脳血栓、血栓がよそ(多くは心臓)からとんできて脳の血管が閉塞したのを脳塞栓、とかつては区別していましたが、今では「脳梗塞」のサブタイプは以下のようになっています。
 1)アテローム血栓性脳梗塞  大きな動脈の動脈硬化によって血栓が出来て詰まる。
 2)心原性脳塞栓症 心房細動などで心臓にできた血栓が流れてきて詰まる。
 3)ラクナ梗塞   脳の細い(直径が0.2〜0.5mm程度の)動脈が詰まる。梗塞の大きさは大体1.5cmまで(場所によって2cmくらいになることもあります)。原因はほとんどが高血圧ですが糖尿病もあります。

 どう分類しても脳梗塞は脳梗塞だ、と思いますが、病後の治療(再発予防)が違うから分類する意味があるのです。


※自分の知識の整理のために書いてみました。私的利用でごめん……って、ブログはもともと私的に書くものでしたね。

 だけど私がある程度以上の年齢の人に説明する場合には、今でも実は「中気」や「卒中」ということばが“現役”です。だって「あなたの(ご家族の)病気は脳梗塞の後遺症です」と言っても「はあはあ、そうですか」と頷くだけで明らかに理解していない表情の人がずいぶん多いのですから。正確だけど相手にきちんと通じない言葉を使うよりも、たとえ学術的には正確ではなくても相手が確実に理解してくれる(理解したと思える)ことばを使う方がよいと私は思うので、「脳梗塞」と言って相手に通じていないと感じたら私はただちに「以前は脳卒中とか中気とか言っていた病気のことです」と言います。それを聞いた瞬間相手の表情はがらりと変わる、こともあります。そこで「脳卒中には出血とか梗塞があって……血管が詰まったら脳の細胞が死んで……」と説明をたたみかけたらなぜか理解しやすくなるようです。


 余談です。「卒中」「中気」にはどちらも「中」の字が含まれています。これは「まんなか」や「内側」ではなくて、「あたる(中る)」の意味でしょう。(「的中する」(矢が的に中(あた)る)、の中です) 「卒中」は「卒として中る」で「卒」は「突然」のこと、「中気」は「(悪い)気が中る」かな。


※そういえば心筋梗塞と脳梗塞は今では同じ字を使いますが、1980年前後にはどちらかを「硬塞」と書いていませんでした? 「心筋硬塞」だったかな? これは記憶があいまいで自信がないのですが。


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