医療費抑制のために療養病床を35万から半減させる計画が、国の思うようには進んでいないそうです。
4月の読売の記事
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kyousei/security/20080401-OYT8T00385.htm
現時点で最新のニュース(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/0629/TKY200806280272.html
「お上に逆らうけしからん医療機関が抵抗している」と言いたい人もいるでしょうが、さて、そんな単純な話かな。
療養病床削減に難航する理由はいろいろあるでしょうが、理由の一つには「患者の行き場所が見つからない」があるでしょう。「病床を減らすから入院患者はそのへんの公園にでも」とはいきませんが、行き場所がない人が病院にしがみついている場合、そういった人を病院から引きはがすのは難しいことです。
また医療機関の警戒感として、「二階に上げてハシゴを外す」がまた起きるのではないか、があるでしょう。厚労省はこれまでそんなことをやってきていますからね。介護保険で療養病床を認めておいて民間がいろいろ投資したのを見計らって「介護保険の療養病床は廃止」とやったのは記憶に新しいところです。それで続けて「こんどは療養型老健を作れ」といくら国が熱心に言っても、「また作った後で、まず毎年毎年『報酬の減額』それから『廃止だ』になるのがオチだろう」と思って行動をためらう人が出るのは論理的にも感情的にも当然の反応です。
「国に対する信頼感の欠如」に関して速効策は思いつきませんが、場当たり的な政策ではなくて国としてのポリシーの提示とそのポリシーを現実化するための最低十年単位の長期計画(単年度予算に縛られないもの)をきちんとわかりやすい形で示せれば少しは回復するかもしれません。計画を示すだけではなくて実践も必要ですけどね。
そうそう、問題は「目標に3万床の差」とされていますが、本当に大切なのは「実際に必要なベッド数との差」ではありませんか? 厚労省の目標なんて要するに机上の空論の皮算用ですから、それに現実を合わせることは重要ではありません。むしろ逆です。医療で一番大切なのは、現実をもとに目標を策定すること。
さらに大切なのは、今、それと将来、どのくらいのベッド需要が見込まれるか、その変化にきちんと対応できるか、です。つまり、「今」に対してきちんと対応できているだけではなくて、将来への対応が素早くできる体制(変化にどう対応するかの基本方針も明確になっている長期計画)になっているかどうか。
もしも本当に「必要以上に病床がある」のだったら、療養病床はがらがらになるのではありませんか? そうなれば厚労省が無理をしなくても、自然淘汰で病床は減るはずです。もしも治療が不必要な人を大量に入院させて不法に“儲け”る病院があるのだったら、それは監査で対応すればよいでしょう。医師・看護・介護・ケースワーカー・医療事務あたりで組んだチームが抜き打ち検査に入って「本当に治療をしているかどうか」「その治療が必要なものかどうか」患者の実態とカルテとレセプトをチェックするのです。お役所も書類ばっかり見ていないでこれくらいの汗はかいても良いと思いますよん。(もちろん、どんな病院に検査にはいるのかの基準は明確にしておく必要がありますけど。政治献金をしたらお目こぼしで、お上に逆らう病院ばかり狙い撃ち、では不公平ですから) こんなチームに立ち入られるのは不愉快かもしれませんが、社会的資源の活用が下手な施設にとってはこのチームは“懲罰部隊”ではなくてお助けマンになる可能性もあります。
それと「社会的入院」が問題にされていますが(というか、私もこれは大きな問題だと思っています。家族も社会も行政も“受け取り拒否”をして行き場所がない人がしかたなく病院にいるって、世界に対して“恥”ではありませんか?)、では、社会的入院の分だけベッド数を減らせば解決、ですか? 私はそうは思いません。たとえば「10万人社会的入院が存在する」として、では10万床ベッドを減らしたら自動的に社会的入院が10万減るでしょうか? 私はそうは思いません。数万人の社会的入院は病院から放り出されるでしょう。だけど本来病院で治療するべき人がそのあおりを食って数万人病院から放り出される危険があります(たとえば病棟丸ごと閉鎖の場合、そこにいる人はそっくり出されますから。で、この場合もまた病院が“非難”されるんでしょうね)。この場合問題にするべきは「ベッド数」ではなくて「社会的入院の数」です。減らすべきは「ベッド数」ではなくて「社会的入院の数」です。リンゴの箱の中に梨が混じっていたら、箱ごと廃棄するのではなくて、箱から梨を一個一個取り出して別の箱に入れる手間を惜しまない勤勉さは、みなさんお嫌いですか? もちろんその場合には「梨の箱」を別に準備する手間が必要となりますが。
一見関連はしているけれど異なった問題(ベッド数と社会的入院の数)をわざとまぜこぜにして論じるのは、問題をこじらせ解決を遅らせる効果が出るだけだと私は思います。
※乳牛をやたらと減らしたらバター不足でバターの緊急輸入と増産と政策変更(世界的な食糧不足になりそうな傾向の中で、飼料が確保できるのかちゃんと見通しが立っているのでしょうね?)。タクシーの規制を緩和したらなにやら大きな問題が起きてまた規制を再開する方向に政策変更(なんでタクシーの規制を緩和したのか、その理由はもう大丈夫なのでしょうか?)。医師数と医療費を抑制したら医療崩壊で「こりゃまたどうしたもんだい」とうろうろ。まったく、役人が何かの思いつきに夢中になるたびに日本でトラブルが起きているような気になってしまいます(被害妄想ですかね?)
といって「役に立たないから役人は減らせ」と言うのは、上に自分で書いたことに反してしまいます。「梨」だけ取り出す必要があるのです。となると、役に立たない役人や政治家だけ選別する良い手はありませんかねえ。間違いなくピックアップしてこいつらは有害無益と言えないと、排除するしないの議論も始められませんから。
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心に染みいるブログ記事でした。
政権のやる事は、全く場当たり的ですが、いっかんしているのは、医療費・社会保障費の削減です。
そのためには、なりがあろうとも、なんと言われようとも、時には漫画的な姿を露呈します。
ですが、甘く見ていては行けないといつも自戒しています。
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