緊急で血圧を下げたい場合に、昔は苦労していました。血圧降下の注射薬があったことはあったのですが、副作用が多く降下が不確実でした(効かなければ追加すればいいのですが、体内にすでに薬が存在する以上下手するとこんどは効き過ぎるおそれが生じるため、さじ加減が難しかった記憶があります)。
ところがある日、一般名ニフェジピンという飲み薬が登場しました。真っ赤なソフトカプセルで子どもの頃食べたゼリービーンズをなんとなく思い出します。カプセルを破るとどろっとした液が出てくるのですが、それを口の中にしぼり込むと粘膜からさっと吸収されてまるで注射と同じくらいの速度で血圧を確実に下げてくれる、という製薬会社のふれこみで、使ってみたら実際に効果は抜群で効果発現は迅速でした。おかげで発作的な高血圧や脳出血などで担ぎ込まれた人の治療に大活躍。1カプセルでは多すぎると判断したら、絞り出す滴数を指定するテクニックもありました。「さじ加減」です。
ところが問題が。当時の健康保険制度ではニフェジピンは狭心症にしか適応症を持っていませんでした。つまり「健康保険で狭心症に使うのは良いが、それ以外の疾患(たとえば高血圧)には使ってはならない」がお上のお達しだったのです。そこで医者が採るルートは3つに分かれます。1)ニフェジピンを使わない 2)使うが健康保険で請求しない 3)使って「狭心症」をレセプトの病名欄に追加する
1)は高血圧を放置、または当時選択できる中では最良の方法を不採用とすることになります。2)でニフェジピンだけ自費で請求すると「混合診療は禁止」(同一病名で健康保険と自費診療とを混在させてはならない)のルールに抵触します。3)は保険の不正請求になります。
やがて狭心症に使用していたら“副作用”として患者の血圧が下がること広く知られるようになり、ニフェジピンは高血圧にも使用して良いことになりました。おかげで医者の悩みは一つ減りました。
その後。急激に血圧を下げるのはよろしくない、と治療の原則が変化しニフェジピンの舌下使用はやめろということになりました(たしか2000年のガイドラインからだったと記憶していますが、そういうことを初めて聞いたのはその数年前だったかな)。どうも「急激な変化」に人体は弱いらしく「早く正常値にする」メリットよりも「急激な変化で感じるショック」のデメリットの方が大きいらしいのです。
まったく、長くこの商売をやっていると、いろいろな変化を体験できます。これが「進歩」というものなんでしょうけれどね。
※急激な変化と言えば、血糖の人為的調節をするインスリンスライディングスケールも下手すると血糖が上がったり下がったりがシーソーのようになることがあるので、もしかしたらそのうちインスリンの使い方もがらりと変わるかも、と私は予感しています。研修医の時にヘパリンの使い方で「ハーフ・コレクト(目標値に到達するために必要な量を計算したら、まずはその半分量のヘパリンを投与して、その結果でまた次の投与量を考える)」を教わりましたが、意外にこれは人体の値を補正するための“黄金則”かもしれません。エビデンスはないでしょうが。
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