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救急室に勤務する医師で、「タバコを食べた」「タバコを飲んだ」と担ぎこまれた子どもを経験している人は多いはずです。救急医ではないただの内科医の私でもそんな例はいくつも経験していますから。
食べたことはありませんが、あんなもの、まことに不味そうに思えるんですけどねえ、なんでわざわざもぐもぐするのやら。親が美味そうに口にしているから真似をしたくなるのでしょうか。
私が経験した中では、普段は家でタバコを吸わないのに、遊びに来た友達がスモーカーで、母親がその人を玄関まで見送っている間に子どもがテーブルの上の灰皿からわしづかみにして口へ、というのがありました。戦後すぐにはシケモク(吸殻)を集めてほぐして辞書の紙で巻いてシガレットを“再生”なんてことも行われていたそうですが、今でも吸殻に“需要”があるのね、と感心しました。嘘です。感心する前に胃洗浄を始めました。何歳だったかな、とても小さな子だったので胃洗浄チューブではなくてネラトンチューブの細いのを鼻から入れて洗ったら、ちゃんとタバコの葉っぱが出てきましたっけ。
ジュースに混ぜて飲ませた人もいます。
パパがジュースの空き缶を灰皿代わりに使っていました。それを知らないママが、一本のジュースを欲しがる兄弟に“平等”に分けるために、たまたまテーブルにあった“空き缶”にジュースを半分くらいトクトクトク。煙草の葉を水に浸すと効率的にニコチンが抽出できて、すごい毒水ができるそうです。くわばらくわばら。せめて灰皿は灰皿を使いましょう(変な日本語ですな)。
さて、ここから読書感想です。
子どもが事故で一番たくさん死ぬ“現場”は、家庭です。家庭内での子どもの事故に対しては「子どもの事故は親の責任」「親の不注意」「親が気をつけて」ということばが用いられがちですが、本書はそういった決まり文句に対する“異議申し立て”です。事故を科学的に分析し具体的な防止策を考えそれを実践するための提言集なのです。子どもの事故はこの世の多くの事故と同じく、「個人が気をつければいい」ものではないのですから。
著者は統計をじっと眺め、同じ事故が毎年毎年繰り返されることに気づきます。0歳代での死因トップは先天異常ですが、1〜19歳での死因トップは不慮の事故。さらに、“リピーター”がいます。事故にあった子どもの1割は、また事故にあうのです。
まずは誤飲から。
本書で最初に登場するのはアルコール飲料です。小学校低学年の子どもが自動販売機の缶チューハイをジュースと間違えて一気飲み……これはけっこうコワイ例です。
アルコールのつぎはタバコ。上にも書きましたが、タバコをそのまま食べたり、灰皿の吸殻を食べたり、子どもは何をするかわかりません。
その次は薬です。カラフルで適度な大きさの錠剤はまるでお菓子のように子どもには見えるようですが、なぜか薬を誤飲するのは男児が女児の倍。こんなところにも、性差?
飲み込んだものが存在するのは、胃腸だけではありません。食道に停滞したり、方向を間違えて気管に行ってしまったり。気管に入るもので多いのは、ピーナッツ。ついで豆(節分の翌日は、乳幼児の気管支異物の多発日だそうです)。
気管は、窒息の危険があります。こんにゃくゼリーが有名ですが、プチトマトやイクラで窒息死や重い後遺症の例もあるそうです。
次は溺水事故です。
0〜1歳児が溺れるのは、圧倒的に家庭風呂です。日本は先進国でもダントツの多さです。「浴槽のふちの高さが50センチ以下」「残し湯をする」「浴室に子どもが一人では入れないような工夫をしない」……この3つがそろっている日本の家庭(日本の6割)は、幼児の溺水危険地帯なのです。
そういえば私も幼稚園に入る前に、風呂桶の中で足が滑って溺れたことがあるそうです。親にすぐ救助されて事なきを得たそうですが。親が目の前にいても事故は起きるのです。まして浴室で子どもだけにしていたら……「残し湯で洗濯」も大切ですが、小さな子どもの命も大切です。
こんどはやけど。子どもの3人に1人はやけどの経験者だそうです。医療機関を受診するのはそのうちの1割で、さらにその1割が入院となっています。
ちなみに人生で一番やけどをしやすいのは、生後6ヶ月からの1年間。家の中の熱源は、すべて子どものやけどの原因になる、と考えたほうがよさそうです。原因として多いのは、(熱いものが入っている)茶碗・ストーブ・アイロン・魔法瓶・鍋・花火……本当になんでもありです。
著者が講演をすると、質疑応答で出てくるのは「洗剤を飲んだときの対処法」「タバコを誤嚥したときの救急処置」などの応急処置だそうです。しかし著者が話したいのは、「どうすれば子どもの事故を予防できるか」の根本的対応方法。コミュニケーションエラーですね。
また、「事故が起きる前(予防)」「事故がおきたときの対策(救急処置)」「事故の後(医療体制やリハビリテーション)」の3つに分けてそれぞれ考えることが必要だ、と著者は主張します。
で、日本で一番遅れているのは予防のところだ、と。(だからいつまでも同じパターンで事故が繰り返されるのでしょう)
誤飲防止で重要なのは、子どもの発達段階を理解することです。乳児は発達段階で必ず「やたらといろいろつかみ、手に持ったものを口に持っていく」過程を経ます。ならば、その時期には手が届くところに誤飲しやすいものを置かなければ良いのです。そのとき「危ないものは片付けるように」という精神論を言うのではなくて、子どもの口の大きさの円筒を渡して「これを通るものはすべて1m以上高いところに」と具体的に指導するのが欧米のやり方です。精神論と具体的な指導と、どちらが有効かは、事故で死ぬ子どもの数の差が雄弁に物語っています。
食べ物による事故の予防は簡単です。3歳になるまでピーナツ禁止。歩きながら・遊びながらの「ながら食べ」を禁止。乳幼児の食事は大人がきちんと見守る。子どもが子どもに食べさせることがあるので、それにも注意。その他列挙されていますが、読んでいて当然のことばかりのようにも感じます。真実はシンプルなものなのでしょう。
お風呂での事故を予防する対策も簡単です。ところが「もったいない」「災害時に役立つ」という意見によって著者の「せめて1歳までは残し湯をやめるべき」という主張がなかなか通らないのが、著者にはとっても残念なようです。無念が紙面から伝わってきます。
本書では、子どもの事故を予防するためにはまず実態を知ろう、と、事故サーベイランスが提唱されています。しかしそれが「不注意な親を責めるため」だったら意味がありません。さらに子どもが事故にあった親に対する心理的な支援の重要性にも著者は言及します。事故の原因(あるいは遠因)が社会にあるのだったら、その対策もまた社会ぐるみで行わなければ有効なものにはならない、ということでしょう。
……なんだか、医療事故のことを思い出してしまいました。事故の“構造”も事故を減少させるために必要な“基本的態度”も共通していますね。事故に関する“真実”は事故の種類によってそれほど異なることは無いのでしょう。
書誌情報:『子どもの誤飲・事故(やけど・転落など)を防ぐ本』山中龍宏 著、 田島みるく 漫画、三省堂、1999年、1200円(税別)
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