資本主義社会では金持ちが優遇され貧乏人は冷遇されます。だけど、景気を良くするためには、その逆の方が良いんじゃないか、と私は感じます。それは私が貧乏人の味方(というか、私自身が貧乏人)だからという感情的な理由からですが、それだけではなくてちゃんと論理的な理由もあります。
まず、金持ちはどうして金持ちになれたのでしょう。その理由を単純化して言うなら、金を使わないからです。入った以上に使ったら金は貯まりません。収入が大量でも支出が大量なら“バランス”が取れてしまいます。金持ちになるために必要なのは“アンバランス”です。金を貯めるためには収入に比較して支出を減らさなければなりません。大金を貯めるためには支出をぎりぎりまで絞り上げなければなりません。
ところで……「金を使わない人」は景気浮揚に貢献していません。入っただけ使う貧乏人の方がもっと現在の経済活性化に貢献しています。
たとえば100人が10億円ずつぱーっと使うのと、1億人が1万円ずつぱーっと使うのと、どちらが経済効果が大きいか、ちょっと計算してみてください。さらに、ついつい「1万円」よりも「10億円」に目が行ってしまいますが、「年に何回使うか」もかけ算の係数として使う必要があります。貧乏人が「宵越しの金はもたねえ!」とどんどん使うから、市場で貨幣がどんどん流通するんじゃないです? つまり「お金が社会の中で何回回転するか」も景気を考える上で重要な因子ですが、金持ちが1年間に10億円を使う回数と、貧乏人が1万円を使う回数と、どちらが多いです?
もちろん金持ちは使わなかった金を死蔵せずに投資に回したりしますが、投資と消費と、どちらが景気回復によく効くでしょうか。投資は行ったり来たりを繰り返すだけで消費は循環だから、消費の方が景気には効果的、と私の直感は述べていますが、これが真実かどうかは専門家に計算してもらいたいな。
そう言えば、年金生活の老人をまるで社会の穀潰しのように言う人がいますが、本当にそうなのでしょうか。
「老人が大量に生きていたら、社会的にコストがかかる」とだけ思ったら大間違いです。彼らは消費者であり、その個人消費は経済にプラスです。「少子化社会にオモチャ屋だって?」と最初馬鹿にされていたトイザラスが成功したのは「少子」ではなくて「6つの財布」(つまりは老人の個人消費)に注目したからでしょう。さらに、保険会社などがよだれをたらして狙っている福祉市場も、高齢者が生きていてくれるからこそ、成立します。
ということで、「老人に年金を払うなんてもったいない」なんてケチなことを思うのは、倫理的にも経済的にも間違っているだろう、が現在の私の考えです(たとえ倫理観がない人でも経済感覚に訴えかける話はわかるでしょう?)。
ただ、「行く先の心配」(病気になったらどうしよう、葬式代はあるだろうか、など)があると老人の消費は冷えるでしょう。つまり金がマーケットで動かなくなります。ですから高齢化社会の政府が行うべき経済政策は、年金をごまかしたりけちったり天引きの口実をひねり出すことではなくて、老人が安心して財布の底をはたくことができる社会的に健康な環境の整備です。
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