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最近医学部の定員増が話題になっていますが、20世紀が21世紀に変わろうとしていた時期、日本の地方では「自分たちの医学部がなくなるかもしれない」という危機感を持っているところがあちこちにありました。
一県一医大運動のころに、国立の医学部の定員が100名から110とか120に増員されたところがあちこちで見られました。私立医大では「定員……何それ?」状態だったところもあるように私は聞いていますが、これについて確証は持っていません。
で、厚生省の方針が一転して「医者が多すぎる」キャンペーンが始まりました。まずは医学部の定員減です。「10%減らしなさい」。お上には逆らえませんから国立大学では定員を元に戻しました。すると次の指示が。「学生数が減ったのだから、教員の数もそれに比例して減らしなさい」。医学部内ではみな呆然としたそうです。学生増員の時には教員は増員されていません。実習の時なんか大変だっただろうと思いますけど、当時は座学中心の大学が多かったから、それはそこまで大きな影響はなかったでしょう。しかし、学生を増やすときには教員は増やさず、学生を減らすときには教員を減らす……なるほど、それがお上のやり口なのですね。
ついでですが、厚生省が「将来医師は大過剰になる」と予測したのは昭和60年代です。そのころやっていた出生率の予測は……覚えています?……「今が最低で将来どんどん回復する」と繰り返し予測していましたよね。
「厚生省の予測とかけて、へたくそのリーチととく。そのココロは、声はでかいがめったに当たらない」
ところで入学定員減をちゃんとやったのは国立だけでした。私立も少しはやりましたが、意外に公立が“抵抗"していたと私は記憶しています。
そこでその次の手が、「医学部を間引く」でした。九州とか東北とか、各地方ごとに一つずつ医学部を潰していこう、というプランです。ある県の某新設医大では「自分たちの学校は潰され、大学病院は隣県の旧一期校の付属病院分院にされるのではないか」と真剣に心配していました。さらにその隣の県の旧二期校でも「旧帝大や旧一期校はまず安泰。となると廃止候補になるのは、うちか隣の新設。これはえらいこっちゃ」と真剣に対策を練っていました。
あの時医学部を間引かなくて、本当に良かったですね>厚生労働省さん。間引くのをやめよう、と決定した人はしっかり褒められるべきでしょう。もちろん「医者が多すぎるキャンペーン」を始めることを決定した人を罰する(せめて名前を公表する)ことと同時に、ですが。信賞必罰がきちんと機能しない組織では、真面目な人間はやる気をなくし処世術に長けた大口をたたくだけのクズがのさばりがちですよん。一般論ですけれどね。
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