昨年末、行きつけのパン屋で私は小さな疑問を持ちました。そこは毎年冬期になると季節限定の生クリームたっぷりのパンを出していて私はそれを楽しみにしていたのですが、昨年は冬も深まったのにそのパンの姿を見ないのです。「暖冬の影響かな」と自分を納得させようとも思いましたが、疑問を持ったらすぐ質問。「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」です(ちょっと大げさ)。レジが暇そうなタイミングを見計らって聞いてみると「今年は、業務用の生クリームやバターが品不足で、作れないんです」。
意外でした。「牛乳の過剰生産」がニュースになったのはほんの数年前。ニュース画面で牛乳が捨てられている場面が流されたり、少しでも牛乳を消費しようとバターをせっせと製造したら冷凍倉庫が足りなくなった、と新聞で報道されていたことが記憶に新しかったからです。
早速スーパーに確認に行くと、バターがあることはありましたが、たしかに肩身が狭そうというか、たっぷりとは並んでいませんでした。
事情についてはこのサイトが簡潔明瞭です。(日本のお役所も、これくらいの日本語を使ってほしいものだと思います)
「■ バターの品不足について クオカ」
つまりは、もともとバター用の生乳は安い値段設定がされているという構造的な問題(経済格差?)があり、そこに農水省の“指導”と海外要因が加わって今回の事態が引き起こされた、と。
農水省は「天災だ」と主張したいでしょうが、私から見たら「農業政策の失敗例」ですね。
で、当然のように対策はその場しのぎです。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080430AT3S3000M30042008.html
農水省が家庭用バターの増産を乳業会社に“要請”した、というニュースです。自分の手で原料の牛乳の供給を締めておいて、バターの生産はちゃんとやれ、との要求……おっと、要請でした。物理的に無理じゃないです? まあお役人は書類にハンコ押したらそれで「自分の仕事」はすんだ、あとは他人(役人以外・他部署の役人・自分の後任者)の責任だよん、という認識なんでしょうけれど。
さらに、減らした乳牛をまた増やす方向で“指導”しているそうですが……キャベツが不作の次のシーズンにこんどは大豊作になって、出荷しようにも箱代にもならない(箱につめて出荷したらそれだけで赤字が発生する)事態となってしまい、トラクターで畑のキャベツを次々踏みつぶしている、というニュースを思い出しました。「多すぎる → 減産だ! → 減りすぎた → 増産だ! → 多すぎる → 」の“サイクル”を延々と繰り返すのは不幸を次々発生させるだけですが、そういった“政策”を平気でやっている連中が、天下りはやりたい放題で口座を行方不明にされる一般国民とは違って自分たちの共済年金(と議員年金)はしっかり確保なのか、と思うと、げんなりしますな。
ただ、私は別のことも思い出します。オイルショック時のトイレットペーパーです。あの時は、生産量はちゃんとあったのにパニックによる過剰な購入で流通在庫が払底してしまいました。
今回のバターも、冬には「不足気味」ではありましたが、一応モノはありました。ところがニュースで「バターの品不足」が報じられるようになったら、みごとにスーパーの棚が空っぽに(先週確認しました)。地域によっては「バター風味のマーガリン」さえみごとになくなっているそうです(友人からのネット情報)。だけど、日常的にバターを購入している人って、日本でそんなに多数派でしたっけ? プロや、アマチュアでもパンや洋菓子作りが趣味の人にとっては死活問題ですが、数で言えば、「植物性だからヘルシー」とか単に値段の問題とかパンへの塗りやすさとかで、バターよりはマーガリンを使う人の方がよほど多かったはず(私が日常的に観察した結果や、商品のスーパーの棚の占有率とかからの判断です)。そういった人たちが急にバターのファンになったとは私には思えません。
マスコミのアナウンス効果もあるのではないか、が私の推測です。
そうそう、ちょっと深読みしたら、農水省の行動は“国益”を考えての行動という考え方もできますね。穀物を配分するのに、最終的に得られる食物の量としては食肉は“カロリーの効率”が悪いことが知られていますから、危機的に穀物が足りなくなったら他の用途(動物に食べさせたり燃料にする)ではなくて人間様が直接食べる方に優先的に回すべきです。で、今回はそうなったときに備えての“シミュレーション”である…………やっぱり考えすぎでしょうね。農水省のお役人がそこまで日本の将来を思っているとは、(深層心理はわかりませんが)少なくともその行動を見ている限りは感じられませんから。で、行動に現れない“考え”は、結果として「考えていない」(その考えが存在しない)と同値なのです。(だからこそ「言葉による行動」(=宣言、告白)が意味あります。昨今の言葉が異常に軽い政治家やマスコミにはとうてい理解できないことでしょうけれど)
閑話休題。
しかし、「肉食」は月に数回(「お母さん、晩ご飯は何? お肉? わーい、嬉しいなあ」)、の子ども時代を過ごした人間としては、現在の“飽食日本”の食生活が永遠に続けられるものとも思えないのです。たとえばバター、そんなに必要ですか?
……といいつつ、我が家も一昨日最後のバターを使い切ってしまいました。……どうしましょう。
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