4月に本ブログのタイトルを「いしあたま(医師頭)」から「転がるイシは苔むさず」に改名しましたが、実はどうもしっくりこない感じを持ち続けていました。大げさに言うなら、なんだか自分が自分でないような。
6月から(つまり明日から)暦の上ではブログを始めて7ヶ月目に突入しますので(半年間ほとんど毎日書き続けることができました)、それを良い機会に、今でも愛着のある「いしあたま」を呼び戻して本ブログのタイトルを「転がるイシあたま」に再改名しました。ころころ変えて申し訳ないとは思いますが、どうかご容赦をお願いします。タイトルがver2.1になった、とでも思っていただけたら……
おかげさまでアクセス数は順調で、ゴールデンウィーク中はがくんと落ちましたが、最近は少ない日で700アクセスくらい、多いときは1000アクセスを超える日もあります(この5月は5回1000超えがありました)。アクセスしてくださる皆さん、どうもありがとうございます。ごらんの通りの駄文ですが、少しでも楽しんでいただけていたら、幸いです。
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先日回転すし屋で食べていたら、妙に声高にしゃべっている3人連れがいました。必要以上の音量は、正直言って耳障りです。すし屋のタバコの煙は鼻につきますが、騒音は耳につきます。どちらの穴も蓋ができないので困ります。しかも内容がなんというか……「やっぱりすしはトロだよな」「そうそう、大トロ大トロ。えっ、ここ中トロしかないのぉ?」「ウニも美味いなあ、ウニウニ」「イクラ食べたい。あ、鯛もね。やっぱりすしは……」
……あのう、ここは回転すし。どう見てもロボットが握ったすし飯の上に本わさび様のわさびを塗って冷凍の切り身が乗っかっている店でっせ。グルメ気取りをしたいのだったら、回転しないお店に行ったら?と言いたくなります。回転しない鮨屋で「トロトロトロトロ」「イクライクライクライクラ」と連呼する客が喜ばれるかどうかは知りませんが。高級な店だったら野暮な客と認定されることはおそらく確実……おっと、「お前たちは野暮だ」と言う(言いたくなる)こと自体が野暮ですね。
……しかし、ウナギとトロの間に鯛やヒラメを食って、白身の味がわかるのかなあ?
「好きなもの」でも「美味いもの」でもなくて(回転しない店だったら)とても高いネタを回転する店で安く食って満腹したいだけなのかなあ。だけど、そのお得感で本当に満足したのなら最初から騒ぐ必要もないでしょう(ふつう、満足している人間は騒ぎません)。では彼らはどんな「聴衆」を想定して大声を出していたのでしょう? 私はその深層心理の方には興味があります。
ま、変なものを聞かされたけれど、すしネタがこうしてブログのネタにできたから、結果オーライ!
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肺炎で患者の状態が悪いのに、発熱(体温計の数字)にだけ注目して「熱を下げればすべて解決するのだ」と解熱剤だけ投与して仕事した気になっている医者のことをなんと呼ぶでしょう。やぶ医者です(「咳を止めよう」と咳止めを追加で出したとしても、やぶ医者です)。熱が出るには原因があります。原因を放置して体温計の数字をいじくろうとするのは、お粗末な態度としか言えません。もちろん解熱剤だけで(あるいは解熱剤さえ使わずに)すませる場合はありますが、それはちゃんと診察や検査を行い(体温計以外も見る・診る=データを収集する)/診断を下し(仮説を立てる)/経過をフォローする(さらにデータを集めて自分の診断の正しさ(あるいは間違い)を経時的に確認する、間違っていたら新しい仮説を立てる)という一連の流れの中にある場合にだけ有効な手段です。
解熱剤だけの「治療」によってその患者がどんどん悪くなって息も絶え絶えの状態になったのに、「体温が下がらないなあ。きっと薬が弱かったんだ。解熱剤をもっと強いのに換えよう」と言う医者はなんと呼べばいいでしょう。やぶ医者以下です。現実の変化に対応できず最初の自分の“診断"に固執しているだけで、医者としてと言うより人間として見苦しい態度ですし、下手すると患者は死にます。
では
医療費の額(書類の数字)にだけ注目して「医療費を削減するべきだ」「医者が多すぎる」「老人医療費が多すぎる」などとしか言わない官僚や政治家やマスコミは、なんと呼べばいいでしょう。
日本の医療がどんどん崩壊していく(破壊されていく)のに、医療費の額がさらに増えていくことだけに注目して「医療費を削減するべきだ」「医者の数は足りているが偏在しているだけ」「老人も応分の負担を」と、“前の診断と治療方針を見直す"ことではなくて“もっと強い解熱剤を探す"ことにだけ夢中になっている官僚や政治家やマスコミは、なんと呼べばいいでしょう。
しゃれた言い方を思いつかないのですが、「現実を把握しその変化に対応する能力が足りない連中(あるいは端的に無能力者)」でいいかな。
さて
やぶ医者には悪い評判が立って患者が集まらなくなります。的外れなことばかり言う評論家だったら「三流の評論家」とレッテルが貼られて仕事が回ってこなくなりマーケットから退場していきます。
それが市場原理です。
でも
問題は、「彼ら」(のポジション)がこの世の中を動かす大きな権力を持っていることと、退場させる「市場原理」が働かないことです。
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今でもかぶっている施設はゼロではないとは思いますが、つけているのが“常識"だった20世紀とはみごとに様変わりです。少なくとも私が見聞する範囲内では、ナースキャップを頭につけているナースはほとんど存在しなくなりました。
以前私が勤務している病院がナースキャップを廃止したときの理由は「不潔」でした。ナースキャップはそうそう洗うものではなくて常に髪の毛に接触しているから意外に汚れている、というのです。さらに、いろいろなものにぶつかる・つける手間(時間)が惜しい・髪や頭の地肌が傷む(ピンでがっちり留めるから)という理由も挙げられていました。見た目のイメージとしては非常にポジティブなものですが、実際に“運用"する立場からはいろいろ不便なことも多かったようです。
私は古い人間なので、今でもついつい「看護婦さん」と言ってしまいますし、そのとき脳裡には白衣とキャップをつけた「白衣の天使」のイメージが浮かんでいます。しかし「看護婦=白衣」という“方程式"そのものも絶対ではありません。「看護婦」という職業が成立した時代、クリミア戦争や南北戦争での看護婦が現在のような形の白衣とナースキャップを身につけていたとは思えません。そういえば日本でも、日赤の従軍看護婦は現在の防災服のような制服を着ています。
http://www13.ocn.ne.jp/~seiroku/jyugunkango.html
最近は「白くない白衣(「カラーワイシャツ」と同じで、厳密には日本語として成立していませんね)」を着ているナースも増えています。さて、そのうちに「白衣の天使」も死語になってしまうのでしょうか?
おまけ)阪大の看護婦白衣(とキャップ)の変遷
http://www.hp-nurse.med.osaka-u.ac.jp/graffiti/uniform.html
明治時代にはまるでコック帽だったのですね。
そうそう、看護学校では戴帽式が非常に重要な儀式だったはずですが、今はどうしているんでしょう? 昨年来た実習の看護学生はキャップをかぶっていなかったと記憶しているのですが、重要な儀式ですから式だけはするのかな?
余談:看護師は大体の施設で、ヒラー主任ー病棟婦長(師長)ー看護部長、と職階があります。昔はそれを見分けるのに一番便利だったのがナースキャップでした。施設によって差がありましたが、キャップに線などを入れて一目で「この人は婦長」とかわかるようにしていたところが多かったのです。今はそれがすぐにわからないので、ちょっと不便になりました。
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1)先発品から後発品に変更したらてきめん効き目がなかったことが数回ある。
2)採用したらあっさり製造中止になった経験が何回もある。(もちろん先発品が製造中止になった経験も持っていますが、それは市販後に重大な副作用がわかったとか「わかる理由」がくっついていました。後発品の場合、他のメーカーが発売していてもそのメーカーだけ突然中止、ということがけっこうありました)
3)MRからの迅速な薬剤情報(特に副作用情報)が期待できない。
4)(後発品が先発品と同等だとしても)医療行為の自由度が高まるわけではない。
5)大規模臨床試験が行われていない(薬が効くというエビデンスがない)。
特に1)が、好まない理由としての比重が私にとっては大きいものです。安物買いで銭は節約できても他の大切なものを失うのでは本末転倒ですから。(もちろん「薬の効果より銭が大切」という主張が存在することは認めます。日本には言論の自由があるのですから)
2)と3)はメーカーに対する信頼度を高める役に立ちません。薬の場合、そのモノと同時にそれに付随する情報がきわめて大切と私は考えています。その大切なものを省くことでコストカットして製品がお安いです、と言われてもねえ……
4)は私個人の好みです。何かあったときの選択肢が多い方が患者の命を救う(あるいはQOLを上げる)役に立つと私は信じています(選択肢がなかったら一本道を進むしかありません)。で、後発品の方が先発品より優れているというのなら意味のある選択肢の一つになり得ますが、そうでないのだったら、その選択がどうのこうのと考えたり書類を書いたりすることは患者の命を救うのに役に立たないことでエネルギーと時間と私の残り少ない脳細胞を消費させられることです。そんなのは私は好みません。私は書類仕事よりは患者の命を救う方が好きです。
※添加物の違いによるアレルギー発症リスクについては、先発品と後発品は条件はイーブンだと思うので、そのことはここでは上げません。ただ、せっかく先発品で問題なかった人が後発品に変えたらその特有の添加物に対するアナフィラキシーショックを起して死んだ、というケースがもし出現したら、そのことについて誰がどのように責任を取るのかは、非常に興味があります。
また、1)で致命的な(あるいは後遺症が残るような)不都合(急に血圧や血糖が上がって倒れる、など)は幸い私の場合は経験せずにすみましたが、もしそんなことが生じた場合「後発品を使うべきだ」と主張している人はそのことに対して責任を取る覚悟を持っているのでしょうか?(医者が「この薬を出そう。その結果については責任を持とう」と思っているところに脇から口を出して別の薬に変えさせてそれで不利益が生じたら「おれ、知らないもんね」と逃げるつもりの人間のことばに、重みはありませんぜ)
忘れている人が多いと思いますが、薬は基本的に薄められた毒です。食い物でさえ食べ過ぎたりバランスを失していたら不健康になります。まして薬物です。へらへら笑いながら使えるような代物ではありません。
今でこそ日本はオートバイに関しては“大国"ですが、かつてはその正反対だった時期があります。
たとえば「陸王」というでかいオートバイが国内を走っていた時代が戦前から戦後にかけてあるのですが、それはハーレー・ダビッドソンのコピー、もとい、契約に基づいた正規のライセンス生産オートバイでした。作っていたのはなんと三共(現在の第一三共)製薬の発動機部門。
で、正規のライセンス生産ですから「ハーレー・ダビッドソンと陸王は全く同じだ」と主張して良いでしょうか? 設計図も部品の材質も同じ(はず)です。ですからできあがるのは「同じバイク」のはずですが……同じ工場で生産される大量生産品であってさえ、品質にはある程度のばらつきがあります。(何かを買った後で「あ、今回は“外れ"だった」とつぶやいた経験を持っていませんか?) まして、工場どころかメーカーも国も違う場合、「設計図が同じならできあがりの製品が全く同じはず」と現物を見もせずに主張する人は、技術も工学もわかっていないか、よほど楽天的な人か、どちらかでしょう。図面のコピーは簡単ですが、製造上のノウハウはそう簡単に伝達できるものではないのですから。
まして、正規のライセンスを得ないで勝手にコピーして作ったバイクがどんな性能だったか、詳しく述べる必要はないでしょう。もちろん黙ってそこに置いておけば、一見そっくりです。だけど走らせれば、特にマシンの限界ぎりぎりを攻めてみれば、その走行性能の限界の高さ(低さ)はすぐわかりますし、しばらく走らせていれば耐久性も露呈します。それとも、日本のバイクをコピーして作っている某国の製品が、たとえばレースをしたらホンダやヤマハと対等に戦い続けることができると思います?
バイクの“戦場"がサーキットだとしたら、薬の場合は臨床現場です。さて、「“設計図"が同じだから、できあがった製品もオリジナルとまったく同じだ」とどなたかが盛んに主張しているお薬ですが、ちゃんと臨床場面で対等の戦いをしているのでしょうか? エビデンスがあります? それとも現在行われているのはそのエビデンスを得るための日本全体を舞台とする壮大な人体実験ですか?
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民主的な社会の構成要素は「自由で平等な個人」のようです。
しかし、自由と平等は実は両立しません。完全に自由な個人だけなら能力・出自・体格差・性差などによってそこには必ず不平等が出現します。逆に完全な平等を実現しようとしたら自由は必ず制限されます。
障害者や社会的弱者に対する福祉は、そういった本来は存在しない共同幻想である「自由と平等」を幻想のまま維持するための、社会的なコストかもしれません。障害者・老人・幼児・低所得者層などは、この社会の中で個人が自由でも平等でもないことをあからさまに表現する存在なのですから。
※「機会の平等」という聞こえの良いことばがあります。しかし、たとえば知的障害と身体障害が合併している人がさらにたとえば脳卒中を起こして全失語となったとして、その状態で、どんな「平等な機会」が与えられるのか、どなたか具体的に教えてください。というか、機会を“与える"と言った瞬間、それは「与える側」と「与えられる側」の間の不平等が出現していませんか?
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私が見つけたのは毎日の記事だけで、朝日でも讀賣でも検索かけて見つからないのですが、厚労省が前から言っていた(そして批判を浴びていた)「38万床の療養病床のうち介護保険の13万床を全廃、医療保険の25万のうち10万床を削減して最終的には15万床にする」を見直したら、25万床は必要、という結論が出たそうです。
http://mainichi.jp/select/today/news/20080524k0000e010070000c.html
「後期高齢者」がこれからさらに増える、ということに今更気がついたのかもしれません。それでも13万はしっかり減らすのですけど、「計算が間違っていた」ととりあえず一部でも認めたのは“良い"ことでしょう。
ただ、10万床分の患者さんが“難民"にならずにすむ、と単純に喜ぶわけにはいきません。だって13万+α(将来の高齢者の自然増分)の「行き先」(自宅・自宅に準じるところ・介護施設)を整備せずにいたら、結局その数だけ「悲劇」が生じるのは小学生でもわかることです。
さらに医療に関する予算措置も同時に見直さないといけません。それをしなければ療養病床への支払いはさらにコストカットされるでしょう。今でもICUに入るような患者を治療しないとまともな医療胃が支払われないのにねえ。介護保険従事者の安月給はずいぶん有名になってしまいましたが、これからは療養病床従事者の安月給も有名になるかもしれませんが、それは患者の不幸につながります。
さて、厚労省はつぎに何をどう言うのか、それが問題です。
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今でも使う言葉ではありますが、もともとは本当に「小さなカメラ」を飲んでいたのは皆さんごぞんじでしょうか。『ガン回廊の朝』(柳田邦男)にそのへんの開発過程が詳しく書いてありましたが……遠隔操作でシャッターを切るために三味線の糸を使ったとか、胃壁からの距離を確保するためにコンドームを使っていたと私の記憶は主張しています。なにせン十年前に読んだ記憶なので、自信たっぷりには書けませんが。
やがて光ファイバーを使った内視鏡が登場し「これは厳密には“カメラ”ではない」ということになりました。ですから当時うっかり「胃カメラを飲む」なんて言うと、日本語に厳しい人からは「カメラじゃなくてファイバー(あるいは内視鏡)」とツッコミが入ることがありましたっけ(経験者は語る)。
ところが私が胃の検査から離れるようになった時期にこんどはCCDを使った内視鏡が登場。小さなデジタルカメラが先にくっついたような構造の内視鏡ですから、つまりはまた「カメラ」……「カメラを飲む」がまた“正しい”日本語になったわけです。
文明が進歩すると、かえって元に戻ったようになることがあるのだなあ、と私は一人で面白がっています。ただしこれは、元の場所に戻っているわけではありませんから、円環構造ではなくてらせん構造(上から見たら戻っているようだが、横から見たら進歩している)、と言った方が良いのかもしれませんけれど。
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「コレステロールを下げる」がウリのマヨネーズタイプの厚生労働省認可の特定保健用食品のサンプルが懸賞で当たったので、食べてみました。薄味のマヨネーズといった感じで、不味くはありません。特段美味くもありませんが、私はマヨラーではないからそのへんの区別がつかないだけかもしれません。
食べる方では楽しめませんでしたが、同封のパンフレットは楽しめました。
まずは、なぜコレステロールが下がるのか、のメカニズムが書いてあります(というか、これがキモですよね)。成分中の「植物ステロールエステル」が腸管内でのコレステロール吸収を阻害するのだそうです。
……えっと、どこからツッコもうかな。
作用機序(粘膜表面で働くのか、一度吸収されてから粘膜の“内側”から働くのか)が詳しく記載されていません。それから、たぶん用量依存性があると思いますが、何ミリグラムの植物ステロールエステルを摂取したら、何ミリグラムのコレステロール吸収を阻害できるのでしょう。それと、一日何回摂取する必要があるのでしょう? そのへんの記載が一切ありません。
それと、20年前には「コレステロールを食べるな」と食事指導していましたが、最近は体内合成でどんどん作られる(だからHMG-CoA還元酵素阻害薬(体内でのコレステロール合成を阻害する薬)がよく効く)から、食事指導はほどほどに、の雰囲気になっています。それを今さら「食餌療法」を前面に押し出すとは、時代に“逆行”していませんか(苦笑)。まあ、最近の日本人はアメリカ人以上にコレステロールを食べているそうですから、間違っていると主張するつもりはありませんが。
結局パンフレットが言っていることは「科学的」には間違ってはいないのでしょうが……合成と吸収は生体ではダイナミックなバランスの上にあるはずです。どちらか一方だけいじってもそれに応じてホメオスターシスが働いてバランスが傾いたら、結局なんのこっちゃ、になりませんかねえ。(吸収を押さえたら“バランス”を取るために体内での合成が増えちゃった、とか) それと、コレステロールの吸収を阻害すると、そのついでに、脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)の吸収が落ちる、なんてことはないんでしょうね。(そうそう、国試の前に私は「脂溶性ビタミンはこの4つだけ(DAKE)」と覚えました)
パンフレットでは次にコレステロールの適正値についての記載があります。初っぱなは「低すぎず、高すぎず適正に保つことが大切です」と赤い字で目立つように書いてあります。
……あれれ、本製品の特徴は「コレステロールを下げること」でしたよね。良いのかな?
そうそう、学生時代に受けた講義では「コレステロールが高くなれば、心筋梗塞の確率が高まる。しかし、コレステロールが低くなりすぎたらこんどは脳出血のリスクが高まる」と統計のグラフを見せられて教わった覚えがあります。30年前のことですから、アヤシイ記憶ではありますが。
さらに、「体にとって余分なコレステロールを回収し、肝臓に運ぶ善玉(HDL)コレステロールと、体の各組織に必要なコレステロールを運ぶ悪玉(LDL)コレステロール」と書いてあります。え〜、日本語にツッコミます。「善玉」と「悪玉」……その働きを表現するのになんだか日本語としてとっても違和感が……「善玉」が増加している状態は、すなわち体内は“不健康”になっていることを意味するわけで、「悪玉」は体に必要なお仕事をしているわけで……もちろん「余分なコレステロール」がたっぷりあるのにそれを回収する「善玉」が少なかったらそれは過剰なコレステロールが“現場"で悪さをするでしょうから「善玉」が多いに越したことはないのですが……
コレステロールを「下げる」単機能だけではなくて、バランス重視の「適正範囲に収める」“良い”特保が出てこないものですかねえ。それも、食べる人の血圧や血糖値や腹囲に合わせて。
「一つのものを食べるだけで理想のメタボリズム」だなんて、ちょっと都合が良すぎる?
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『家で病気を治した時代 ──昭和の家庭看護』(小泉和子 著、 農文協、2008年、2667円(税別))という本を読みました。
現在の「救急車はタクシー代わり」の一部風潮とはちがって、昔は「医者にかかる」こと自体が非日常的な一大イベントでした。健康保険制度がない時代には、そもそも「医者にかかる金がない」のも大きな要因ですが。
その代わりと言って良いでしょう、発達していたのが家庭における看護です。軽い火傷や外傷でも少々の捻挫程度までなら家庭で処置していましたし、戦前は湿布も自家製だったと聞いて、私は目をぱちくりです。
戦前の農村は都市部とは別世界でした。農民の生活は基本的に貧しく、農夫症・こう手(草取りによる手の腱鞘炎)・突き目(葉先で目をつく)など農村特有の病気もありました。また、寄生虫も都市部よりは農村の方がはるかに多く見られました(戦前のデータで寄生虫を持っている人は、都市部は20%、農村は70%)。本書にもありますが、ツツガムシやマムシ咬傷なども都市部には見られない病気ですね。私はツツガムシは見たことがありませんが(あるいは遭遇しても見逃しているのかもしれませんが)昭和末期でもマムシ咬傷は何度も診ています。実際に山中で見た(遭遇した)ときには逃げました(幸い向こうも逃げていきました)。
『主婦之友』に掲載された家庭看護に関する記事数が拾い出されてグラフ化されていますが、大正後期に増えた家庭看護記事(西洋医学・東洋医学・民間療法、なんでもあり)は、戦争中は一時減少しますが戦後また復活、それが昭和40年を境に激減しています。その時期を境に「医療行為」は、家庭ではなくて医療施設で行われるべきものになったかのように。
医療技術の進歩や医療保険制度の充実など、「医療の進歩」がかえって「医療」と「我々の生活」の間の溝を深めてしまったのでしょうか。つまり医療は「自分たちのもの」ではなくなってしまったわけです。
結核についても本書ではページを大きく割いてあります。現代の常識では「結核患者は療養所」ですが、かつては自宅療養、あるいは働きながら治癒を待つ人が多かったのです。サナトリウムに行ってゆったりと過ごすことができる人は、一部の金持ちだけでした。治療法も、ストレプトマイシンが登場するまでは、一番ポピュラーなのは「自然療法(大気・安静・栄養の三原則で、自然治癒を待つ)」です。しかし、黒死病の時代には「邪気を吸ったら病気になるから、外の空気を吸ってはならない」とタペストリーを窓に掛けて空気を遮断しようとしたのに、結核では新鮮な空気は体に良い、ですから、人間は得手勝手に自然を解釈するものだと思います。
かつては「お産は穢れ」でした。産婦は集落の外れに作られた産屋に隔離されました。やがて自宅で産むようになりましたが、出産する場所として都会では奥まった暗い部屋・田舎では納屋や土間が用いられました。他に地域によって食べてはならないものやしてはならいことなど様々な忌みごとがありました。江戸時代の取上婆は明治には公的な産婆に変わりました。さらに「衛生」の概念が、まず都会から日本に広まります。この「近代的な産婆」の努力により、お産は「忌むべきもの」から「神聖なもの」に変化します。産婆の介助による自宅分娩(異常産の場合だけ入院)が「日本の常識」となりました。昭和22年「産婆規則」は「助産婦規則」に改正され、23年には「保健婦助産婦看護婦法」が公布されます。これによって、それまでの自宅開業の産婆は、看護婦資格を持つ助産婦に変貌します。看護婦は医療機関に勤務するのが“ふつう”です。同時に、それまで産婆に協力的だった産科医が正常出産の分野に進出します。かくしてお産は自宅から病院にその場を移したのでした。
私は自宅出産組ですが、数年後の妹は産科病院で出産でした。もしかすると、世代としては私は自宅出産世代の最終あたりに位置するのかもしれません。
明治12年に派出看護婦が制度化されました。個人契約で家庭や病院で病人に付き添う看護婦です。専門家として当時は尊敬され高給取りでもありました(明治30年には、小学校教員の初任給が月に8円、派出看護婦の料金が一ヶ月で25円)。しかし日清戦争を契機に派出看護婦が急増し質の低下が懸念されたため、東京府は明治33年に派出看護婦を対象とした「看護婦規則」を制定しました。大正4年(1915)には内務省令で「看護婦規則」が発令され、資格と業務内容が全国的に統一されました。その頃から、家庭看護よりは入院を選ぶ人が増え、同時に派出婦(看護婦の資格はないが、廉価)が出現し、派出看護婦は減少し病院勤務の看護婦が増加します。以後派出看護婦は細々と日本で活動していましたが、最近の介護保険法によって訪問看護が盛んになって、形を変えた派出看護婦が復活しているようにも見えます。
按摩と鍼灸師もまた家庭医療の重要な役割を担っていました。明治43年の全国調査では、医師37,000人に対して按摩・鍼灸師は69,000人です。明治政府は漢方医を滅ぼそうとしてほぼそれに成功しましたが、按摩・鍼灸師は生き残りました。しかしマッカーサーは鍼灸禁止勧告を出します。これにはどうも連合軍捕虜に与える薬がないため灸を行ったことが捕虜虐待である、と問題になったことが背景にあるらしいのです。私の子ども時代にも灸は普通に家庭内で行われていましたが、西洋人からは「肌に火をつけるとはなにごとだ」だったのでしょう(実際に、言うことを聞かない子に「お灸を据える」こともありましたから、あながち「虐待」もまるっきりの嘘とは言えないかもしれません)。結局幅広い日本人によるGHQへの働きかけによって「禁止」は中止となり、国家資格として生き残ることになったのですが。
「家庭で看護」と言えばきわめて簡単な文章ですが、その内容はけっして単純=家族だけが孤独に家庭の中に閉じ籠って病人を看護していたわけではありません(結核のように差別の対象となった病気の場合は別です。このような場合には孤独な家庭看護になっていました)。世間一般に当時としては十分な医療知識が普及しており一般家庭ではその実践経験を十分積んだ上、医者以外の医療従事者も多職種で多人数が社会の中に根を張ったネットワークを形成しており、その中に家庭が位置して看護を実践していたのです。
「家庭看護」に必要なのは、人体と医療に関する知識・物資の供給体制・家族(および社会)の病と死を受け入れるという覚悟・サポートする人たちのネットワーク・サポートする人たちに対する高い社会的評価、これだけは最低限必要でしょう。「病人は家庭で」と言って言葉を放り投げるだけでそういった社会的整備をしない限り、現在の厚労省の目論見は失敗する(悲劇が多数発生する)、と私は予言しておきます。
「医療の充実」は「自分の命を他人任せにすること」ではないはずです。医学の知識は20世紀に異常なくらい増えました(20世紀に知識が増えたのは、医学に限りませんが)。しかし「知識の増加」がすなわち「素人の排除」になること、さらに、知識を持った専門家を使いこなす知恵が失われてしまうことに、私は賛成できません。知識と知恵は両立可能、というか、両立させるべきものでしょう。そうでなければ、これからの少子高齢化社会の中で病気を持った人も病気を持たない人も上手く生きていくことは困難になるだろう、と私はもう一つ予言しておきましょう。
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