古代の医療で用いられた治療手段は、主に手当(手を当てる)と薬草と祈祷です。あとは体内にたまっているであろう病毒を体外に排出させるための手段として、発汗・下剤・利尿などが行われました。毒素を汗や便や尿に乗せて強制排出させてしまえば健康が取り戻せるという発想ですが、同じ発想でもう一つ、瀉血(しゃけつ)というものも広く行われていました。ちょいと切って「悪い血」を外に出せば体はスッキリさわやか、という理屈です(悪い血と良い血をどう区別するのかは、聞かないでください)。この瀉血、西洋では非常に人気がありました(床屋外科が主に担当していました)が、一日に何回もとか、1回に1リットルもとか、とっても健康に悪そうなやり方も横行していました(やって病人の容態が改善しなければ「おかしいなあ、これはきっと瀉血が足りないんだ。もうちょっとやりましょう」なわけです)。下手すれば死にます、というか、実際に有名人の日記などから医療記録を分析したら「この人は、過度の瀉血によってひどい貧血が生じて全身状態が悪化して死んだのではないか」と疑いのある例もごろごろあるそうです。
この“治療法”は中世から近代までヨーロッパではポピュラーに行われ、江戸時代には長崎に派遣されてきたオランダの医者が通商使として訪れた江戸で瀉血をやって見せて見学に集まった日本の蘭方医たちを驚かせた、は、たしか『蘭学事始』(杉田玄白)に書いてあったと記憶しています。
球が異常に多い)やヘモクロマトーシス(体内に鉄が過剰にたまる)以外では)あまり見られなかった療法ですが、実は最近“復権”してきています。
C型慢性肝炎やNASH(4月20日に書いた「ッシュ」で紹介した病気)では肝臓に沈着した鉄が悪さをするので、(肝炎を治すのではなくて肝臓のダメージの進行を予防するために)定期的に瀉血をすることが有効なのだそうです。古代人が現代の医療を見たら「そらみろ、我々がやっていたのは正しかった」と胸を張るかもしれませんね。
もっとも、現代人も古代人に対して威張るのは難しいかもしれません。「ワルイモノ」を汗や便で出してしまう、なんて民間療法が今でもありますが、たとえば「良い汗」と「悪い汗」とをきちんと区別できています(化学分析をしています)か? 汗をかくべき状態とそうではない状態を峻別していますか? 「とにかく汗をかけばいい」「とにかく排便すればいい」は「体の調子が悪いのなら、とにかく血を出せばいい」と結局同じ態度なのですよ。
・余談その1
東洋ではあまり瀉血はポピュラーではありませんでしたが、古代中国では瀉血は行われていたようです。ただ、そこで用いられたメスがなぜか細長く進化して鍼になってしまい、結局鍼療法がポピュラーとなって瀉血は廃れたのだそうです(経絡理論(ツボを圧力(指圧)や温熱(灸)で刺激することで、体内環境に影響を与えようとする)と上手く合体させた名医がいたのではないかと私は想像しますが、紀元前のことですから確証は持ちません。ただ、瀉血が盛んではないこと・鍼治療が存在すること・指圧や灸が存在すること・出土したメスが妙に細長いこと、が事実として存在するだけです)。
ついでですが、私自身が病気になって、もし「鍼か瀉血かどちらか選べ」と迫られたら、上の段落に書いた病気以外ではまず間違いなく鍼を選択します。有効性が期待できて副作用がない方が望ましいですから(もちろん、鍼も副作用がゼロではありませんが、瀉血よりはるかにマシ、と考えます)。
・余談その2
「床屋外科はかつて瀉血をしていた。床屋のねじりん棒の赤・青・白は動脈・静脈・包帯のシンボルだ」という俗説があります。私は、その前半は信じますが、後半は信じません。その根拠は3つあります。
1)床屋外科が全盛だったのは中世から近代前半ですが、床屋のサインポールはその前から使われていたはずです(おそらくは理容師という職業が発生した古代エジプトから)。古代の理容師は現代と同様に医療とは無関係ですから、もちろん瀉血とも無関係です。
2)「血管」と言えば「動脈と静脈」、が現代人のたしなみ(?)ですが(さらにそこに「毛細血管」と「門脈」を加えるのが医学教育を受けた人間)、古代では事情が違います。古代では人体各所に大切なものを届けるのに血液ではなくて「精気」の概念が重要視され、古代ギリシアのエラシストラトスは精気を全身に運搬するルートとして「神経と動脈/静脈」の二分を重要視しました(神経と動脈を同一視していたのです)。それに対して古代ローマのガレノスは「神経/動脈/静脈」の三分を主張し、結局ガレノスの説がルネサンス以降までヨーロッパ医学のスタンダードとなりました。精気説を無視して単純に「赤と青」=「動脈と静脈」と見るのは現代人の偏見です。ついでですが、動脈と静脈が「血管」という概念の下に統一されたのは「血液循環説」を唱えたウィリアム・ハーヴィー(ハーヴェイ)(17世紀)からで、それ以前は全く別の“臓器”でした。
3)さらに「白い包帯」は近代の産物でしょう。「白」が象徴する「清潔」という概念は近代のもの(ゼンメルワイス、19世紀)ですし、モノとしても、産業革命以前に漂白された包帯が一般的に大量に用いられていたとは私には思えません(エジプトのミイラは“包帯”でぐるぐる巻きですが、あれは傷の手当てとはまた別のお話ですね)。瀉血後の止血には、手近にある適当な布や葉っぱなどを用いていたんじゃないかしら。(あるいは泥かも。物理的には傷の良い被覆剤ですから。もちろん細菌学的にはオススメできない代物ですけれど)
大量出血しそうなものの一つに宦官の去勢手術がありますが、安禄山が宦官を作ったときには熱い灰で止血したそうです。古代ローマでは「熱い灰の上を転がした卵(つまりはゆで卵?)」がポピュラーな前菜だったそうですが、同じ熱い灰でも場所によってずいぶん違った活用をされたんですねえ……って、ブログのタイトルを換えたら話がよく転がるようになったかな?
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