『新型インフルエンザH5N1』岡田春恵・田代眞人 著、 岩波書店(岩波科学ライブラリー139)、2007年、1200円(税別)
現在の強毒型H5N1鳥インフルエンザの流行は2003年に始まりました。流行は主に北半球の冬期を中心としていますが、東南アジアでは必ずしも気温とは関係していません。そのウイルスは、元々は弱毒型だったのが、1996年頃に中国南部で強毒型に変異したと考えられています。(広東省のガチョウから分離されたウイルスが、この株で現時点でたどり着ける最古のものだそうです) 以後「鳥→人」(ときに人→人)の感染で、昨年末までに335人の感染者が報告されうち206人が死亡しています。さらに特徴的なのは、若い人の感染と死亡が非常に多いこと(高齢者を多く殺したSARSとはここが大きく違います)。このタイプのインフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)は社会を破壊し、「少子高齢化」をさらに促進させる可能性が大なのです。
弱毒型の鳥インフルエンザは渡り鳥の腸管や気管の中で静かに生きています。便から排出されたウイルスは水を汚染しそれでヒナがまた感染します。それが鶏に感染しても普通は産卵率が下がる程度です。ところが鶏で感染を繰り返しているうちに突然強毒性(高病原性)に変異してばたばた鶏を殺すようになることがあります(特にH5型とH7型)。ちなみに2007年末時点で、3億3000万羽の家禽がインフルエンザで死んだり殺処分を受けています。鳥の世界ではすでにパンデミックは起きているのです。
20世紀初めに世界を席巻したスペイン風邪は、H1N1型インフルエンザでした。現在の研究では、弱毒型の鳥インフルエンザウイルスが人への感染性を獲得したもの、とされているそうです。弱毒型ですから基本的に感染部位は呼吸器だけでした。
現在流行しているA型インフルエンザは、1968年からの香港型(H3N2)と1977年からのソ連型(H1N1)です。興味深いことに、ソ連型はその30年くらい前に流行していて姿を消したインフルエンザとほぼ同じ遺伝子型で、当然あるべき30年分の突然変異がありませんでした。そこで、どこかの研究室で冷凍保存されていた株が漏れて、免疫を持たない若い人を中心に広がったのではないか、と言われています。スペイン風邪にしても香港型・ソ連型にしても弱毒型であることは共通です。問題は、ウイルスが鳥の間で感染を繰り返しているうちに強毒型に突然変異し、それがさらにたとえばブタに感染してそこで人のウイルスとRNAが交雑して人への感染性を獲得した場合なのです。
強毒型の新型インフルエンザは、プロテアーゼで開裂されたHAが全身細胞への感染性を持つため、全身臓器に感染します(弱毒型は気管と消化管だけ)。さらに、感染に対して発動された防御機構が暴走してサイトカインが過剰に生産され、その結果サイトカインストーム(過剰なサイトカインによって全身の臓器が傷つけられる)と呼ばれる現象が発生します。「スペイン風邪は大変だったけれど、それほど死者が出なかったアジア風邪の例もあるし」なんてのんびりしている場合ではありません。強毒型鳥インフルエンザは“別物”なのです。(ただ、サイトカインストームに対して否定的な見解を言う人もいます)
もちろんそんな最悪最凶の疫病は流行しないかもしれません。ウイルスは強毒型に突然変異しないかもしれませんし「人→人」への感染性を獲得しないかもしれません。自然は気まぐれですから。しかし「流行はしないだろう」と高をくくっていたら足をすくわれるかもしれません。自然は気まぐれですから。
この本は結果として「オオカミ少年」になってしまうかもしれません。でも「わるいことなんかおきやしないさ」と、たしか『星の王子様』に登場したダチョウのような(ライオンに追われたとき、砂に頭をつっこんで「ライオンが見えないからもう脅威は存在しない」と自分に言い聞かせる)態度だったら、その無責任さは特に為政者の場合万死に値するでしょう。
対応は国ごとに特徴があります。アメリカやカナダは行動計画をすでに発表していますし、スイスは全国民分の抗ウイルス薬とワクチンを備蓄を計画しています。で、日本は……日本は……だいじょーぶかなぁ。そもそも強毒型のインフルエンザが流行する、という前提をちゃんと某お役所は持っているかしら? まさかスペイン風邪(弱毒型)で計画していないでしょうねえ。タミフルも、新型ウイルスに対しては効きが弱いし、さらにタミフル耐性ウイルスの問題もあります。効かなかった場合の「二の矢」は考えているのかなあ。
北半球の人間としては、南半球の冬の時に新型インフルエンザが発生したら北が冬になるまでに準備ができる、と一瞬考えてしまいますが、スペイン風邪の時には季節は関係なく世界中で大流行したそうですからあまりそんな他人を踏みつけにすることは期待しない方が良さそうです。ただ、南北問題はここにも登場します。インドネシアは「WHOにウイルスを提供しても、先進国だけでワクチンを作って自分たちの所には安く回ってこないんじゃないか?」とおかんむりです。HIVのときにもあった話ですが、これは製薬会社に「途上国には安く売れ」と言うよりも、ODAの一部として扱えないものかと思います。途上国での新型インフルエンザの流行を押さえることは、全世界にメリットがあるのですから。
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