おかだ
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/03 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

< 前のページ
2008.03.31 06:58 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

死語(17)ポケベル

 私が初めてポケットベルを腰にぶら下げたのは、1980年初夏です。当時は保証金を2万円払って、契約が済んだら本体とひきかえに保証金を戻してもらうシステムでした。月額使用料は……いくらだったかなあ。さすがに覚えていません。
 大きさは……現在標準的な携帯電話2つ分……いや、3つ分かも。重さはさらにあって、ずっしりと重たいくせにバッテリーの保ちが悪くて丸々一日保つかどうかだったので、たとえば土日連続して病院にいるような場合には、充電器を医局に持ち込んで途中で充電していました。
 もちろんどこから呼ばれたかの表示機能もついていませんでした。呼ばれたら鳴るだけ。こちらはどこから呼ばれたか推測して電話をかけ(あるいは直接駆けつけ)ていました。病院がシステムとしてそんなことを想定しておらず、私が個人で勝手にポケベルを持っていたから、自分勝手に動いていたのです。(固定電話だけで医者の緊急呼び出しをするというのは、今から思うとよくやっていたなあ、と思えます)

 そんな原始的なものでも当時は持っている医者が珍しくて、なんだか妙に良く呼ばれました。ときには、ポケベルが鳴ったので自分の配属病棟に電話を入れたら「○○病棟が先生を探しているそうです」なんて伝言を聞かされる事も。つまりはその病棟の医者が誰もつかまらないのでとりあえず誰かに来てもらおう、というわけです。まだ生きが良かった私は「はいはい」と駆けつけていましたが、今だったら「はいはい」の代わりに「はあ」と一つため息をつくかもしれません(それでも足はそちらの方向へ動き出しているでしょうけれど……で、到着したら「はぁはぁ」と息を切らせている、という寸法です)。

 携帯全盛の時代になっても私はその風潮にしばらく“抵抗”して携帯を持たず、ポケベルで“頑張”っていました(年を取って保守的になったのでしょう)。最後に持った数年前のはカード式で、電池も何ヶ月か保ち呼んだところからのメッセージも表示されるものでした。便利な時代になったものだとつくづく思いましたっけ。ただ、電池が切れかけてポケベルが警告音を発するのが、なぜか真夜中か早朝のことがやたらと多いのには参りましたけれど(呼ばれたか、と眼を覚まして見たら「電池が切れるよ~」とベルが騒いでいるだけ、は、なんとなくがっくりきます)。
 ポケベルは進化し、そして時の流れとともに消え去りました。私の腰にくっついているのは今では携帯電話です。院内では内線機能を持ったPHSも首からぶら下げています。ということで、モノは変わりましたが、病棟からの電波に縛られているのは今でも同じ、他の病棟から呼ばれることがあるのも同じです。文明が進歩しても昔と変わらないものもあるんですね。


固定リンク | コメント (0) | トラックバック (22)

2008.03.30 06:48 |  開業 / 病院経営  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

診療縮小

 大学からの派遣中止のため、外来時間を短縮したり時間外救急を減らしたり、などの診療体制縮小をする病院が近隣にも出ていました。他人事とか対岸の火事ではなくて、いつ我が事になるかもしれないものと思っていましたが、ついにこちらにもその波が来てしまいました。
 ぎりぎりの折衝が続いていることは漏れ聞いていたので、いくらか覚悟はしていたのですが、やはりショックです。

 さて、現有人員でなんとか仕事を回すのは……無理です。
 私個人は、医者としての仕事だけではなくて、組織運営の仕事もいくつか抱えているためあまり余裕がありませんが、それでも当直を増やしたり臨時で外来に行ったりはできます。病棟の受け持ちも少しは増やせます。しかし、皆がそうやってちょっとずつできることを持ち寄ってもやはり限界はあるわけで、とうとう外来を半日分減らすしかない、という結論になりました。(外来全廃までもが議論の俎上に載りました。論理的にはこれがけっこう“良い”解決法ではあったのですが、さすがにそこまで“過激”にはできないだろう、ということで……)


 コンビニ医療推進派の「病院は24時間コンビニ診療をするべきだ」との主張には逆らう動きになってしまいましたが、もうどうしようもないのです。貼り紙を貼ってバイトを募集したら解決する、だったら良いんですけどねえ(でも、コンビニエンス・ストアでも、貼り紙一枚ですべてが解決することなんてないですよね。おそらく店主にとんでもない負担がかかっているはず)

 「何とかするべきだ」と言う人にはぜひ来ていただいて手伝いをしてもらいたい気分です。「誰かが何とかするべきだ」よりも「私に何ができる?」の方がよほど嬉しいことばと態度ですから。(少なくとも医局の人間が一様に「この状態を乗り切る何か良いアイデアはないか」「自分に何ができるか」の方向で皆が考えていたのが、救いでした。この方向にある限り、なんとか乗り切れるでしょう)

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

 大学の授業で、私が受けた結核の講義は一コマだけでした。担当教官はとても残念そうに「かつては胸のレントゲンに異常な影があると結核をまず疑っていたが、今は癌を疑うようになった。しかし、今でも結核患者は日本に数十万人いて、新規発症も年に7~8000人。決して過去の病気ではない。しかし私に割り当てられた時間はたった一コマ。とにかくこの100分間で全てを伝えるから、ちゃんと聞くように」とのことでした。(30年以上前の授業のことなのに、われながらよく覚えているものだと思います。当時は過剰に真面目で、教師の冗談もノートに書きとめるような学生だったからでしょうか)
 たしかに当時はすでに「結核は過去の病気」という風向きで、「もし見つかっても新三者併用療法でたたけばいいのだ」と言う人がけっこういました。まだ多剤耐性結核菌が問題になっていなかった時代のお話です。しかし実習に行った保健所では年配の所長が結核を「今、目の前にある問題」として捉えているのが印象的でした。

 現在の医学部でどのような授業が行われているのか興味がありますが(というか、実際に授業が受けられたらうれしいな。学生の時より熱心に勉強する自信があります)……私が習った時よりも患者数の数字そのものは小さくなっているのは確実です。たしかに以前の「国民病」から「普通の病気」になりつつはあるのでしょう。
 でも、結核はまだまだ“現役”の病気です。「過去の病気」ではありません。私自身が結核を見つけるのは、これまで大体2~3年に一人のペースですが、まだまだ「そのへんに結核菌は生きている」状況であることは間違いありません。過小評価されているというか、単に見逃されているだけではないのか、とさえ私は感じます。

 で、見つけたらどうなるかというと、手続きが面倒くさかったのです。結核予防法に基づいて保健所に届けを出すと、あとは法律の枠組みに乗っかってすべては自動的に運ばれますが、ともかく書類を書かなくちゃいけません。それも法律的に“正しい書類”を。こちらは書類仕事ですが、患者さん本人は療養所に強制的に入所させられ(ある意味人権侵害ですよねえ)治療が始まります。本人と濃厚な接触があった人は結核検診。怪しければ薬の予防投与。ただ、その薬を出せる機関にも制限がかかっていたはずです。一般の医療機関で出せるのはINHだけ、だったかな(このへんは記憶が曖昧です)。

 ところが、今からちょうど1年前、2007年の新感染症法では、なんと結核予防法がなくなってしまった(感染症法に統合された)ではありませんか。結核も普通の感染症扱いになったということなのでしょう。公費負担などは維持する、と厚労省は1年前には言っていましたが、統合されてしまったらこんどは絶対「同じ法律の中にあるのだから、結核だけを特別扱いするわけにはいかない」と言い出す、文言だけに拘泥して、歴史にも科学にも医学にも福祉にも無頓着な人が必ず出てくると思うんですけどねえ。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.28 18:10 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

愚者と賢者

 救急医療崩壊をなんとかしようといろいろ考えている人の中には、なぜか鹿屋方式の失敗の教訓を生かそうとしない人がけっこういます。

 「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という有名なことばがあります(私の記憶ではたしかビスマルク)。ならば、歴史からも経験(失敗)からも学ばない人たちのことは、なんと呼べばいいのでしょう?

固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.27 18:31 |  診療  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

死語(15)疫痢

 子ども時代に読んだ本(『次郎物語』だったか『路傍の石』だったかな?)に子どもが疫痢で死ぬシーンが登場したとき、私はそれを読んでそれはそれは怖い思いをしました。漠然とした「成長」とか「未来」しか知らず、「自分が死ぬ」という概念を持っていない人間に「お前だっていつ死ぬかしれないのだ」という“現実”が突きつけられたのですから。昔はこの病気はけっこうポピュラーなものだったようです。そして「子どもが死ぬ」のもよくあることでした。

 良くわからないのが「赤痢」と「疫痢」の違いですが、赤痢はアメーバ赤痢や赤痢菌による病気で、疫痢はそれ以外の(死にいたる)急性胃腸感染症だったのでしょうか。急性胃腸感染症というとなんだかおどろどろしいものに見えますが、実際には腹痛と嘔吐下痢症です。「嘔吐下痢」で死ぬのか?は現代人の“常識”に基づく疑問で、点滴もきちんとできない時代状況だったら、子どもは大人と違ってあっさり脱水になりそのまま死んでしまうことがあります。

 医者になってしばらく私は「疫痢」ということばに接することはありませんでした。久しぶりにそれを見たのが、O157(おーいちごーなな)の騒動のときです。まるでこの世の終わりが来たような報道でしたっけ。で、その中に「昔疫痢と呼ばれていた病気の中に、このO157によるものが混じっていたのではないか」という記事がありました。タイムマシンがあったら確認できるのでしょうけれどね。(過去の病気の正体を知りたい、という点では、黒死病が本当にペストだったのか、とか、ナポレオンやモーツアルトの死因は、とか、中国の三国時代に流行した「傷寒」の正体は、とか、私は疑問をほかにもいくつも抱えています)

 そういえば、(いつもの)余談ですが、O157報道の過熱ぶりは、ものすごかったですね。最初期の当事者に話を聞いたことがありますが、やって来た報道陣の横暴ぶりは簡単に表現しがたいすごさだったそうです。そういえば、脳死移植の最初の数例のときの報道の過熱ぶりもすごかったですね。過熱といってもマスコミの「過」は結局一過性の「過」で、大騒ぎを自分たちで演出しておいて、飽きたらぽいで見向きもしません。O157だって、今は全然報道されませんが、無くなったわけじゃないですよ。
 毎日毎日日々新しく違うことに「これは大変だ」「こんどはこれが大変だ」と大騒ぎをしている人間がいたら、「どうせそれは今日“大変”なだけで、明日は別のことが大変になるんだろうな」と友人たちからの信頼を失うのがオチです。どうしてマスコミの信頼は失われないんだろう? 昨日大切なことは(状況が激変しない限り)今日も明日も大切なことではありませんか?


固定リンク | コメント (2) | トラックバック (134)

 川はおおむね、上流より下流が広くなります。もしも下流の流路を無理に狭くしたら、おそらくどこかの堤防が決壊するでしょう。それが自然の法則です。
 病気は、急性期のあとには回復期そして慢性期、と経過を推移させます。その期間はおおむね後のほうが長くなります(壊れるのは早いが治るのには時間がかかる、も自然の法則です)。ということは、同じ病気での患者数は(途中で大量死が生じない限り)経過のあとになるほど増加することになります(小学校の算数です)。
 では、回復期や慢性期の病院を整備せずにいたら(あるいは病床数を無理に絞ったら)、急性期病院に運び込まれた患者のその後の流れはどうなるでしょう。深く考えなくてもわかりますね。どこかに貯まり、そしてその圧力に負けて“堤防が決壊”するのです。

 「救急崩壊」について、少しでも考えたことがある人にお願いです。「救急車」や「救急病院」にだけ注目しないで下さい。もちろん、その“部分”も重要ですが、その“下流”の整備もきちんとしなければ、結局どこかの“堤防が決壊”するだけなのです。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.25 07:02 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

死語(14)大量皮下注

 私が子どもの頃、少なくとも1960年代には、小児への点滴はそれほど一般的ではありませんでした。器具(注射針と点滴剤)と技術(血管確保のやり方)とその普及度の問題です。子どもよりも血管を刺しやすく確保しやすい大人の点滴でも、1980年代前半でさえ、血管確保が難しかったらカットダウン(皮膚を切って静脈を露出、そこに直接針を入れる。血管は針の“上流”でしばるので針を抜いた後その血管はもう二度と使えません)をやっていたのですから、“そういう時代”だったと言っても良いでしょう。

 では、嘔吐がひどくて口から水が入らない・点滴も難しい小児にはどうしたか。そのままだと脱水で死にますから、大量皮下注というテクニックが使われました。今でも点滴が血管から漏れたら皮下に注射液が入って腫れますね。それを人工的に起こすのです。大腿部など面積が広いところを選んで点滴一本分を強引に押し込みます。そのあとたしか蒸しタオルか何かで覆って吸収を促進していたように記憶しています(私自身は体験していないので淡い記憶ですが)。子どもは泣き叫びます。そりゃ、痛いもの。
 私が医者になってしばらくして、針がものすごく良くなって、若い小児科医がにこにこと「この針だと血管確保に失敗する気がしない」なんて言っていたのを覚えています。当然大量皮下注は“過去の遺物”になりました。

 ところが、大量皮下注がちょっと姿を変えて意外な“復活”をしているようです。血管がもろくて長時間の確保が難しい老人で、持続皮下注というテクニックがあるのだそうです。血管内ではなくて皮下に点滴してそこからゆっくり吸収させるわけです。これだったら(ラインにつながれているというストレスを除けば)ずいぶん楽そうです。“過去の遺物”でも忘れずに取っておいた方が良いこともあるんですね。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

 NHKの朝ドラの話です。
 私はTVドラマはほとんど見ないのですが、これは最近珍しい良質なドラマだと思いながら見ています。ストーリーもですが、特に私が感心するのは「主役だけではなくて、登場する人すべて、それぞれの人がそれぞれの人生を生きていることがちゃんと画面に表現されていること」です。つまり脚本が上手い。下手な脚本家だと、主人公の人生を脚本家の思うようにこづき回すために都合良くいろんな事件を起こしてくれる存在、つまりは便利な“ツール”としての扱いで様々な人が登場するようになります。描かれるのは、「(色々な人の)人生の交錯」ではなくて、ジグザグはあるが基本的に一本道の主人公の人生のみで、“その他”の人は名前がないと区別に不便だから一応命名はしておくけれど“用”が済んだらさっさと舞台から退場させられてしまいます。まあ、舞台の小道具みたいなものですから、“ツール”。
 だけど、ちりとてちんでは違います。たとえ画面から消えて“舞台裏”に回っても、すべての人はみなそこで自分の人生を生き続けていて変化をしお互いに影響を与え合い、また舞台に登場したときにはそれがちゃんとわかるのです。これはけっこうすごいことに思えます。
 「人がそれぞれの人生を生きている」は当たり前のことですよね。でも、それを忘れている“ドラマ”が多いこと。下手すると主役でさえたとえば単に「運命に翻弄される」の「運命」を描くための捨て駒扱い(別にこの人ではなくてもかまわない、誰が演じても同じ結果)のドラマがけっこう多いのです。しかし、“人”が描けていないドラマは“薄い”。心がくすぐられはするけれど、心が動く(感動する)ところまでは行きません。(だから、スペクタクルとか有名俳優を使ったという話題性とか運命の過酷さという“ドラマ性”に頼って強引に心を動かそうとするのでしょうけれど)


 私にとって、患者さんは「顔のある個別の人」です。それぞれの人がそれぞれの人生を歩んでいて、たまたま病気という局面で私の人生と交錯した人。だけど、私も患者さんを“顔”の無いマスとしての存在扱いをする場合があります。統計を取る場合です。このとき、それぞれの人は“人”ではなくて“数字”になります。ただ、臨床医はその統計を「目の前の“この人”の治療を選択するときに参考にしたい」と眺めますので、常に「個別の人」に話が戻るようになっています。これが臨床医としての基本的スタンスです。私はそれが自分の特徴と強みであり、同時にある種の“限界”を規定していると意識しています。(たまに“患者”という“レッテル”を貼った“マス”としてしか人を見られない医者もいるでしょうが……それは“臨床医”としては悲しいことです)
 政治家や官僚にとっては「国民」はたぶん生身の「一人一人が“顔”と“人生”を持った個別の存在」ではなくて、「国民」という“マスとしての存在(=その他大勢)”、個別だとしてもせいぜいレゴ・ブロックの部品のような相互に交換可能なものなのでしょうね。だから国民が
「お上」に「個人の幸福」を望んでも「何、それ?」になってしまうでしょう。ちょうど下手な脚本家が、舞台“裏”に回った“端役(=その他大勢)”の幸不幸に興味を持たない(持てない)のと同様に。


 さて、ちりとてちんもあと1週間。どんなオチがつきますやら。笑わせてくれるのか泣かせてくれるのか、期待してまっせ。

 政治家や官僚の皆さん、国を動かすのに良い“脚本”を書いてください。期待して……期待……えっとぉ……

 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.23 07:17 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  医療制度 / 行政  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

五時間待って五分診療

 以前「3時間待って3分診療」で述べたことが本当に現実化しそうです。

 4月から始まる新しい「外来管理加算」ですが、これまでは時間要件はありませんでしたが、来年度からは概ね5分間外来診療をしたら算定できるのだそうです(それ以外にも、診察しろ・質問しろ・話をしろ・話の内容はコレコレシカジカ……何を喋るべきかの“台本”までついていますが……読んでいて「こんなの普段やっていることじゃないか」と私はひどくバカにされたような気がしました)。
 私の外来は(暇で、私が話好きだからか)ほとんどの人で基本的に5分は使っていますから、もし真面目に全員に算定したら増収になりますが、そんなのはおそらく例外的で、日本のほとんどの外来では減収となるのではないでしょうか。で、それを少しでも取り返そうとする医者がいたら、それまでの「三時間待って三分診療」が「五時間待って五分診療」になります(計算が合っているかな?)。

 さて、4月から外来で、患者の顔ではなくて時計の方ばかり気にしている医者がいたら、ご注意を。患者に集中できていませんから。


固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.22 07:33 |  診療  |  医療事故  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

死語(13)ピリン

 私が薬を出す人に必ず聞く質問の一つが薬物アレルギーの有無や副作用の経歴です。「使ったら何か良くない症状やアレルギーが出た薬はありますか?」に対して時々返ってくる答が「ピリンは駄目です」。
 「この病院にはピリンは置いてないから大丈夫と思いますよ。出したくても出せません。ところで、ピリンで一体どんな症状が出たんです?(私はピリン疹を見たことがないので、純粋な好奇心からの質問です)」に対してよく帰ってくる答が「いや、副作用が出たことはないけれど、コワイ薬なんでしょう?」
 ……好き嫌いじゃなくてアレルギーの有無の質問なんですけど……いや、嫌いなお薬はもちろん(なるべく)出しませんけれどね。でもまあ、「事実」と「感想」は別にしてもらえたら、カルテの記録が混乱せずにすみます。

 そういえば私がピリン系薬物を使ったのは1980年代半ばまで。あとは一切使っていません。これは私の好き嫌いというより、薬局に置いてなかったから、の方が大きな理由です。無くても別に困りません。非ピリン系の良い薬がどんどん出て、ピリンが無くてもなんとかなるようになりましたから。

 そうそう、「アスピリンはピリンか(いいえ、違います)」も一時期よく聞きました。
 「ピリン」で私が思い出すのは、(一般名で)アミノピリン・スルピリン・アンチピリンなどです。商品名だったら、メチロンとかザルソカイン(同じザルソカインという薬名でも内容が違うものがあったように記憶していますが、スルピリンの入った方です)。で、これらの「~ピリン」は一般名で綴りは「ーpyrine」。ところがアスピリンは商品名で「aspirin」(一般名はアセチルサリチル酸 (Acetylsalicylic acid) )。ということで、アスピリンは非ピリンなのです、と今までに何十(百?)回説明したことか。ただ、今世紀になってからはこの説明もほとんどせずにすむようになりました。そろそろ「ピリン」の記憶は風化し始めたようです。
 楽になったと喜ぶべきなんでしょうね。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)