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10年前の日本では「ノストラダムス」が“ブーム”でした。今そんなことを言いだしても「ああ、そんなこともあったねえ」と一瞬遠い目をされて軽く流されるのがオチでしょうが、当時は本当に真剣に心配する人が大勢いました。
たとえばその頃私が時々出入りしていたNiftyServe(現@nifty)の「子育てフォーラム」に「来年人類が滅びようとするのに、お腹の子どもを出産しても良いのだろうか」という相談の発言があったくらい。
私はそれに対して、たしかこのようなコメントをつけたはずです(根拠は私の記憶なので、一部事実と変わっている可能性はあります)。
・1999年に人類が滅亡しないことは、それ以後の年代についても「予言詩」が書かれていることから明らかなこと。人類が滅びるのなら、その後の「予言」は不必要でしょう?
・日本語で「諸世紀」と訳しているのは、英語では「センチュリー」だけど、「世紀」ではなくて「百」のこと(当時のコメントには書きませんでしたが、ラテン語の「centum 百人隊」「centrio 百人隊長」の頭の部分です)。タイトルは詩を百ずつまとめたことを意味しているだけで本当は「百詩篇」とでも訳すべき。そんな素朴な誤訳をする人の文章および解釈はあまりまともに取らない方が良いし、本当に信じるのなら自分で原文か他の翻訳に当たってからにした方が良いでしょう。
あと、何かおまけを付けたと思うけれど、忘れました。
だけど、私の文章が怖かったのか、それともノストラダムスはただの口実で別の理由があって出産をためらっていたのか、以後レスポンスはありませんでした。どうなったのか、今でも気になっています。
実はまだ気になることがあります。当時「ノストラダムス」で商売をしていた人たちは今は何で商売をしているのか、そして、当時「ノストラダムス」でカモになっていた人たちは今何でカモになっているのか、です。たとえば金(ゴールド)の現物まがい詐欺事件の豊田商事(覚えていますか?)で甘い汁を吸うことを覚えた人が、あの事件の後しばらくして同様の“商売”が摘発されたときに、やはりそこに次々顔を出していたことを私は覚えています。人はそうそう自分の基本行動パターンを変えられません。だとしたら、「ノストラダムスのカモ」はまた別のもののカモになっているのではないかなあ……私が心配するべきことではないのかもしれませんが。
※ノストラダムスの少し後にY2K(2000年問題)がありました。どちらも過ぎてしまえば「なーんだ、なんにもなかったじゃないか」でしたが、両者には根本的に違う点があります。先日の首都圏での自動改札機ハングアップ騒動などを見ればわかるように、へたすると数字一つの食い違いでプログラムはとんでもない不調を示すことがあります。一部で言われていた「大晦日の真夜中過ぎたら飛行機がばたばた落ちる」「全国で停電だ断水だ」は、さすがにそれはいくらなんでも騒ぎすぎだとは思っていましたが……でも、Y2Kでは明らかにプログラムにバグがあったわけです。それが結局「なーんだ、なんにもなかったじゃないか」ですんだのは、全世界でプログラマーやシステムエンジニアたちが頑張って対策を立ててくれたおかげだ、と私は思っています。努力せずに「その時」がくるのを待てば良かったノストラダムスとはまったく違うのです。ああいった「何も起こさないための汗」には、もっと光が当てられるべきではありませんか?
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