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『死体は生きている』の読書報告です。
『死体は語る』の続編です。著者は元東京都監察医務院長の上野正彦さん。角川書店から1990年の出版です。著者は30年間監察医を務め、2万体の異状死体を検死したり解剖したそうですから、ネタはいくらでもあることでしょうね。しかし、「警察のように状況から事件を考えるのではなくて、死体から考える」という視点からは、こちらの意表を突く記述が次々登場します。
ただし、表紙カバーに麗々しく肩書きが(医学博士までつけて)書かれていますが、不必要ですね。タイトルだけで十分インパクトも説得力もありますから。
まずはことばから。「検死」は死体を外から見て死因を推定することです。変死の場合には検死が行われます。しかし、検死でわからなければ、監察医によって解剖をすることができます。(ただし、監察医制度が日本でほぼ完璧に機能しているのは東京都だけだそうです) 監察医の判断でできる解剖を「行政解剖」と呼びます。それに対して、犯罪の死体を検事の指揮下でみることは「司法検死」「司法解剖」と呼ばれます。(根拠となる法律が異なります)
・死亡したお年寄りの浴衣の襟を高く合わせてある。それを開けると「首が寒くないように」と日本手ぬぐいが巻いてある。それを取ると索溝(紐などで首を絞めた痕跡)が。素朴な隠蔽工作ですが、「あれ?」と思ったら確認しないといけないのですね。自宅での死亡に対して死亡診断書を発行する場合には、ちょっと注意が必要そうです。
・首つり(縊死)の区別も載っています。呼吸ができなくなって窒息死するのは非定型的縊死です。では定型的縊死とは? これはひもが左右対称にかかりかつ全体重が一気に作用した場合に、両側頸部神経叢が圧迫されて反射的に心停止をきたしてあるいは頸部の動静脈が一瞬に圧迫閉塞されて急死する状態です。(そう言えば「足が地面についた状態でも首つり自殺はできる」は著者の前著で読んだのだったかもしれませんが、それは非定型なのですね) だから「真似をしてみよう。息が苦しくなったら綱をつかめばいい」とか思ってうっかりやってしまうと、あっさり心停止、ということもあるのです。
・男の同性愛に関する(死体ではなくて生体の)解剖学的生理学的考察も「そういう見方があるか」と興味深いものです。同じ「同性愛」と言っても、男のと女のとでは違った世界なのでしょう。
・幅広いもので首を絞めて索溝が残らないようにし、さらに放火して体の表面を焼いて証拠が残らないようにした事件。それを解決したのはやはり解剖でした。監察医は意外なところを見ることで死因も凶器も死亡時間も推定できました。見る人が見たら、死体は雄弁なのです。
・親友4人が一台の車で遊びに出かけてガードレールを突破して急斜面を転落、4人とも死亡という痛ましい事故がありました。ところが遺族から運転者(と目された人の家族)に対して賠償請求が。当時はまだ交通外傷の鑑定は未成熟で、経験豊富な著者のところに話が持ち込まれます。記述内容から見てまだ昭和の中頃、エアバッグとか安全ベルトの時代ではないですから、4人の体はこんがらがった状態で発見されたはず。それでも全身の写真を見て著者は誰が運転していたかを(根拠をつけて)述べます。それは皮肉な結果でした。一番強硬に賠償を要求していた家族の息子が運転者だったのです。
バイクでも同様の事例があるそうです。二人乗りでともに死亡して「自分の子どもは同乗者だった」と“運転者”側に賠償請求していたら、鑑定で逆だったのがわかったそうな。……えっと、こんな場合、「自分が相手に要求していたこと」をそのまま相手にしてあげるんですよね?
・解剖の手順についての記載もあります。「解剖されたら、バラバラにされてしまう」なんて感情的に反対する人のための説明でしょう。まあ、バラバラになってもならなくても解剖はイヤだ、という遺族の感情もわかりますけれど、あまりに強硬に遺族が解剖に反対するので逆に警察が怪しんで解剖をしたら、他殺だった、という例もあるそうです。
ちなみに行政解剖だとお代は無料、と本書にはあります。うらやましいなあ。私が住む地域では、病死だと思うけれどそれでも確認したい、と家族を説得して大学病院に解剖を依頼することができますが、お代が10万円(消費税別)ですから。「変死」の場合は行政でやって欲しい。
・車庫の中の車内で死亡していた男女二人。締め切った車庫でエンジンをかけっぱなしにしていての一酸化炭素中毒です。女は下半身裸、男のズボンのチャックが開いています。ナニカをしている最中だったのでしょう。ところが死後変化に大きな差があります。女は二日前、男は五~六日前に死亡した様子なのです。同時に死亡していないと言うことなのでしょうか? 一体二人に、(死ぬ前に、そして死んだあとに)何が?
・シビアな話を遺族にするときの心情も語られます。インフォームド・コンセントの参考になります。
監察医制度は、死因を究明するためだけの制度ではありません。不審な死を遂げた人にその“言い分”をきちんと語らせることは、死者だけではなくて生者のためにもなるものだと思います。ただ、「究明」ではなくて「糾明」を目的としてその制度を使うのは“悪用”でしょう。
本書によれば、全死亡の15%は「変死」だそうです。ならば、医師法21条に則って「変死」の届けを医師がちゃんと出す。それに基づいてきちんと検死や解剖が行われる。そのような制度を全国に確立するために政府や自治体が金を出し人の手当てをする。
……とならないのは、なぜ? やっぱり医者が悪いの?
だけど、事故調という新しい組織を作る前に、今ある監察医制度をきちんと機能させるだけで、相当日本の医療は変わる(それも良い方向に変わる)と思うんですけどね。それに、今すでに存在している制度さえきちんと確立し運用することができないお偉い人たちに、それを越える新しい制度をきちんと作った上できちんと運用できるとも思えませんし。
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