死語シリーズ第六弾です。
1990年頃、ある大学のある医局には、NECのPC-9801とアップル社のMacintoshが並んで置いてありました。学会が近づくと、98では一太郎(90年だとVER.4ですね)が立ち上げられて「しゃべり原稿」の作成が行われ、Macintoshではスライド原稿が作られていました。今ならどちらもWin機のみで(あるいは、少数派の人はMacのみで)行える作業ですが、当時はまだまだパソコンが学会で活躍する黎明期。Intel系のマシンはWin3.1どころかまだMS-DOSの時代で、画像をスマートに処理することができませんでした。そもそも文字でさえ、画面に見えるものをそのまま印刷することができなかったのです。それに対して当時のMacは「WYSIWYG(What You See Is What You Get だったかな、ネーミングセンスが悪いですな)」と称して「見たままの画面をそのまま印刷できる」がウリでした。ネーミングセンスはともかく、技術はすごいです。だから画像に関してはMacしか選択肢がありませんでした。ならば日本語もMacで処理すれば、と思いますが、当時の欧米人が作った日本語ワープロはどうも使いにくくて(たとえば罫線処理は全然駄目。というか、今でも欧米産の日本語ワープロソフトは私にとっては使いにくいものです)結局「日本語はPC98で一太郎」に落ち着いてしまったのでした。
今はどこの学会でもプレゼンテーションソフト全盛ですから「スライド原稿」どころか「スライド」ということばさえもう死語になりつつあるのかもしれません。プロにスライド作成をまかせたら上のドクターに「俺たちはリバーサルフィルムを切ってマウントして自分でスライドを作ったもんだ!」とびびらされたのも、今では懐かしい思い出です。
ちょっと粘りすぎかな、と反省して、死語シリーズはここでいったん終了にします(ネタが切れた、とも言います)。もし「再開希望、そのときにはこんな死語を取りあげてくれ」というリクエストをお持ちの方は、ここにコメントを頂けたら幸いです。書くか書かないか、書くとしてもどんなものをいつ書くかの確約はできませんが、検討いたします。ネタが貯まったら勝手に再開するかもしれませんが。
ということで明日は月末ですが新ネタです。さて、何を書こうかしら。
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「写真屋にスライドを現像してもらう。」
「版下」「組写真」「スライドホルダー」なんていう言葉ですかねえ。当時Macの画面でこしらえたスライドをカメラで直接撮影し、写真屋に持って行きました。
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