べろんべろんに酔っぱらって運転して事故を起こして子どもを三人殺して、さっさと逃げて水をがぶ飲みしてから“自首”した人間が、「子どもをたった3人殺しただけで7年6ヵ月の懲役だとぉ? 罪が不当に重いぞぉ」と主張しているそうです。で、弁護士の主張は「被害者は追突されて橋から落ちるまでに40メートルもあったのだから、その間に適切な回避操作をするべきだった(それをしていれば、死者は出なかった)。きっと居眠りをしていたに違いない」。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080122-OYT1T00536.htm 私はすぐそばで投身自殺を見たことがあります。ドガッとものすごく大きな音(というか震動)がしたのに驚いてそちらに視線をやったら、数メートル向こうに人が倒れていました。詳しい状況説明は省きますが、そこはふだん人が入らないスペースで、直前に見たときには誰もいなかったところです。「何であそこに人が?」「誰もいなかったぞ」「さっきの大きな音は何?」「一体何が起きたんだろう」……ここでやっと「ビルの屋上からの投身者だ」と気づきました。この思考停止状態は、一瞬のようにもずいぶん長いようにも感じたけれど、おそらく1~2秒のことでしょう。あわてて障害物を乗り越えて駆け寄って脈を取りながら「誰か119番を」と言おうと振り返ったら、ほとんどの人はこちらを見て手や口は動いているものの全身はまだ固まったままでした。
人はあまりに予想外のことが起きてびっくりしたら、息を呑み体が固まり、思考は停止または混乱状態になります。単なる目撃者で自分自身に危害が及んでいない状態でさえ、そうです(上記の例で、私が一番に動けたのは単に私が「自分は医者だ」という自意識を働かせることができたからに過ぎません)。まして、突然乗っていた車ごと突き飛ばされて全身を激しく揺すぶられたら、そんな状況に慣れていない人はその物理的衝撃だけでさらにさらに最低1~2秒は余分に停止状態になっておかしくないでしょう。
この弁護士は「びっくりなんかしている暇があったら、瞬時に状況を把握しそれに対する最も正しい対応を瞬間的にしろ」と主張していますが、経験豊富なスタントマンやプロのレーサーならともかく、そんな“経験”を積んでいない素人には無理です。というか、この弁護士にも“それ”がで
きるのかなあ。試してみます? 試しましょうよ。自分のことばには責任を持ってもらいたい。
試すのは簡単です。事故と似た状況を再現する「実験」をすればいいのです。無防備に普通に走っている車に、暴走車が突然追突するの。「来るぞ来るぞ」と身構えているのだと“突然”ではなくなって公正な実験になりませんから、ぶつけられる方はバックミラーを外し後ろの窓は塗りつぶしましょう。ついでに、追突する車とただ追い抜く車とを混ぜましょう。フェイントです。さて、追突される車を運転している当該弁護士は、“重大な事故にならない正しい対応”ができるでしょうか。そうそう、ただの追突ではなくて別のことも混ぜましょうね(追い抜いて急ブレーキとか)。あらかじめ追突に対する予行演習をしっかりされたら実験の意味がありませんから。
……危ない? はい、私は危ないと思います。だけど、この弁護士は「危なくない(人間は突発事に対して重大な結果は瞬時に回避できる)」と自ら主張しているんだから、まさかこの実験への参加を「自分の身が危ない」という理由で拒否なんかしませんよね。ご自分の主張では「危なくない」のですから(日本語で「危ない」は「危険ではない」ことを意味しません、念のため)。それとも、他人のことだったら危なくなくて、自分のことだったら危ないのかな? 自分はできないけれど他人はするべきだと言っているのかな? 天下の弁護士なんだから、そんな不誠実な主張はしませんよね。
※「40メートル」と言うと一見長く感じますが、オリンピックレベルのトップスプリンターは自分の脚だけで4秒かからずに走り抜ける距離です。激しく追突されて加速した車だともっと時間がかかりません。(「100mを10秒ゼロ」でぴったり4秒ですがこれは時速36kmです)
歩道をふつうに歩いていたら、酔っ払いに後ろから突然体当たりをされて転んで骨折。ところが裁判官は「加害者は車道を走ったわけではなくてちゃんと歩道を走っているし、直前の右折もちゃんとできているから判断力があると認められる。したがって追突した歩行自体が危険歩行だったとは認められない」、弁護士は「受け身を取るなど適切に転べば怪我はもっと軽くすんだはず。怪我をしないような転び方をしなかった被害者にも事故の責任がある」と主張している……そんな法廷風景を私は想像しました。
あ、トンデモ医療裁判だと、こんなレベルの主張は日常茶飯事、というか、これはまだかわいい方ですな。
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