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今日はちょっと長いので(400字詰め原稿用紙で7枚くらい)、ご注意下さい。
「3時間待って3分診療」……20世紀に盛んに言われたことばですが、最近はそれほど聞かなくなりました。私の耳が悪くなったのか、問題が解決したのか、それとも、何も解決していないけれど皆がそのことばを使うことに飽きただけなのか……
実際患者の立場になったら長く待たされるのはいらつきます。「しんどいから病院に来たのに、なんでこんなに待たされるんだ。病気がひどくなるじゃないか」と言いたくもなります。さんざん待たされてやっと診察室に入ったと思ったら「じゃ、検査に行ってきて」で、そこの窓口でも行列。もう! やっと診療が済んだら、こんどは支払いや薬の受け取りでまた待たされる。……もう!もう!!
しかし、ここで私は二つの疑問をもちます。
1)「数時間待って数分診療」状態は実際に日本でどのくらい存在している(いた)のでしょう?
私の患者としてのそれなりに豊富な経験では、大学病院とか県立の中央病院や民間でも大きな総合病院だとたしかにずいぶん待たされました。だけど、中小病院やクリニックでは「数時間も待たされる」ことはまずありませんでした。これは私だけの特異な経験なのでしょうか。ここを読んでおられる皆さんの実体験はいかがです?
そうそう、私はかつて勤務した大病院でこの現象を“裏”から眺めたこともありますが、わざわざ大病院に来なくても近くの開業医で十分じゃないか(そこで「難しい」と判断されたら初めて紹介をされればいい)と思う軽い状態の人がごっそり減れば、外来の待ち時間は半減するだろう(そして私の外来担当も楽になるだろう)というのが私の実感でした。
2)3時間待たせている間に医者は何をやっている?
医者はゆっくりお茶でも飲んで看護師とだべって「そろそろ3時間待たせたかな。じゃあ診察をしようか」と次の患者を呼び込んでいる……わけはありません。その間他の患者を次々診ているのです。それは待合室で見ていたら見当がつきますよね。待合室でそういった観察をしていないのか、診察室に入るなり「こんなに待たせやがって」とたいそう元気に怒鳴り散らす方が時々おられましたが、そのやり取りの間も次の人(たち)はじっと待っているわけです(というか、待ち時間が“怒鳴り時間”の分、加算されています。お気の毒に)。
ではちょっと分析をしてから解決策を考えてみましょうか。
小学生の算数を使うと、一人3分間の診察時間で3時間待ちだったら、3時間(=180分)割る3分で、つまりは60人の人が自分の順番が来る前に列を作っていた、という単純計算になります(“1番の人”は朝6時から並んでいるのでしょう)。ということは、もし一人1分間の診察時間なら1時間で自分の番が来ますし一人5分なら5時間待ち、ということになります(計算は合ってますか?)。
待ち時間が長いのはイヤですが自分の診察時間が短いのもイヤです。自分の診察時間は長く/他人の診察時間は短くしろ、と主張してみましょうか。他人の診察時間が短くなれば自動的に自分の待ち時間は短くなるのですから。でも全員がそれを望んだら待ち時間は短くなりません、あるいは自分の診察時間が短くなります。では行列を短くしましょう。くじ引きにしてハズレの人は別の日にしましょう。でも全員がくじで間引かれるのを嫌がったら結局行列は短くなりません。さっきから話が全然進みしません。このままでは、本来3分(は無理ですが20~30分)で書けたはずのこの原稿を書くのに3時間かかってしまいます。
となると、あと考えられるのは、外来のキャパシティを増やすことです。外来の医者を増やしましょう。あらら、外来に医者を回したために病棟や手術室の医者が減ってしまいました。「先生、病棟で急変です」。医者が外来からいなくなってしまいました。どうしましょう。ではその病院の医者を増やしましょう。どこかの病院からスカウトしましょうか。引き抜かれた病院が困って募集をかけました。結局堂々巡りです。医者がどうしても足りない病院が潰れました。そこの患者がどっと他の医療機関に押し寄せました。あらら、また行列が長くなります。さっきから全然話が……
では、アメリカ並みに社会全体で設備と人員を増強しましょうか。コストがかかります。医者に限っても、人員を増やすと言うのは簡単ですが、医学部の定員は決まっていますしそれを増やしても使える医者になるまで学業と研修と修行で最低10年以上(科によっては20年)かかりますし、そもそも厚生労働省は「日本の医者の数は足りている」とまだ言っています。監督官庁に逆らって医者を増やすことは困難です。
完全予約制という手もあります。朝電話したら「はい、三日後の22時の予約をお取りしました」。で、22時に行ったら待ち時間ゼロで5分とか10分診療(ただし、救急が飛び込んできたらお待ちいただくことがあります)……これが理想的?
もし「3時間待って3分診療」が特定の病院でだけ見られる「異常」な事態なのなら、それは「日本の医療の問題」ではなくて「その特定の医療機関の問題」です。もし日本中の大多数の医療機関でそのような異常な事態が見られるのなら、それは「日本の医療システムの問題」です。そのどちらかによって解決のための処方箋は異なると思うのですがそういう問題の捉え方は間違っているでしょうか?(“診断”によって“治療”は違う、という医者にありがちな発想です)
「3時間待って3分診療」という“スローガン”で思考停止するのではなく、そこからもう一歩踏み込んで深く考える必要があるように思うのですが、私も手持ちのデータがこれ以上あるわけではないので、ここで思考停止することにします。
……で、最近マスコミでよく報じられる救急の「たらい回し」ですが、電話で急患診察を断った医師たちはそのとき皆ゆっくりお茶を飲んで看護師とぶらぶら遊んでいたとでも、マスコミの人たちは思っているんですかね? また“スローガン”で思考停止していませんか?
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仰る通りの事を私も思っていました。さらに見ていますと、長いからといって途中で帰られる方はまれで、ほとんどの方は長くても診察受けて帰られます。と言う事は1日の外来量としては限界を超えているわけではなく、患者が一時期に集中して待ち時間が長いのが問題となります。
さすれば、待ち時間を短くするべく完全予約制を実施すれば解決するはずです。
ただ、ご存知の通り診療時間は一定ではなく、時間のかかる患者さんから早く済む方までさまざまです。通常ではこの時間差を患者の待ち時間に置き換えてロスタイムをなくすのですが、完全予約制ではこれがそのままロスタイムになり、長くなれば次の診察へ食い込みます。
数分も考えれば判る事なのですが、延々会議をして大学で導入した完全予約制はすぐに破綻しました。なぜなら、先着順では数時間待っていた患者さんも、予約制では予約した時間に数分でも遅れが出ると怒り出すからです。
結局、予約時間の幅を開ける事になってロスタイムを医師がかぶる事にしたため、1時には終わっていた外来は4時過ぎまで延長となり、その後の病棟業務、そして病棟終了後の研究まで時間のしわ寄せが及んで、結局研究時間が削られました。
結局「3時間待って3分診療」は、限りある医療資源を有効に使うには良い方法だったという事でしょうか。
やれやれ、どうしたもんでしょう。
全て予約制。急に外来受診が必要になった場合でも、家庭医に連絡してからでないと外来クリニックを受診できない。
したがってその日のうちに受診できるとは限らない。
どうしても受診したい場合は、いわゆるERを受診。
当然、軽症なら何時間でも待つ覚悟が必要。
一種のアクセス制限です。福祉国家のドイツですらです。
しかし、最近は病院でも予約制の一部の専門外来クリニックを始めているようですが。
限られた医療スタッフと医療財源で持続可能な医療にするのは、日本もアクセス制限が必要なのでは。
小泉改革は日本の医療を世界1位から転落させることが目的だったようでしたから、政策としては“正しい”ことになるんでしょうね。国民の幸福の点からは間違っていると思うんですけどねえ。
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