連休中に読んでなんとなく気になっていた、「お産は市民7万円・市民以外22万円 自治体「脱公平」」というタイトルの記事です。
http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK200801120087.html 大阪府泉佐野市の市立病院では今年4月から上記の扱いにすることにした、というのですが……市立病院には市民の税金が投入されているのですから、その分市民は安くしているのだ、という“理論武装”はできそうですが、もちろん“高く”払う側は納得できるわけがありません。
》岸和田市の出口修司副市長は「公立病院の経費は設置者の自治体がまかなうのが
》筋ではないか。岸和田市内の広域小児救急施設でも、地域外の患者に格差はつけ
》ていないのに」。
これで“報復”として岸和田の小児救急が市民“以外”は割高、なんて言い出したら話がややこしくなりそうですが、健康保険制度を遵守する限りそれは無理ですね。
地方自治体同士が“いがみ合って”いるのを見ると、私は歴史を思い出しました。
かつて中国を支配した元は漢民族の上に色目人を置き、被支配層の漢人の恨みや怒りが直接モンゴル人へ向かわないようにしました。大英帝国も世界中の植民地で分断統治を実に巧妙に行なって、支配されている人々の恨みのエネルギーを現地で“消費”させることで直接自分たちに鉾先が向かわないようにしていました。
不幸な人はついつい自分の手が届くところに“敵”を求めるものですが、それと同じような感じで地方自治体同士が争っている場合でしょうか? そのエネルギーを結集して向かうべき巨大な対象(たとえばああせいこうせいと言うお役所。そのお役所を使って何か好きなことをしようとしている人たち)を見逃してはいませんか?
そうそう、「市民優遇」というと、ある公立病院に勤務していた頃に、そこの議員が偉そうにいろいろ病院内で振る舞っていたのを思い出しますが、これはまた別のお話。そのうちに、詳しく語りましょう。
コメント
コメントはまだありません。
コメントを書く