一昨年の医療費改定では、それまで老人で一日あたり11,510円だった療養病棟入院料が4月から11,300円に引き下げられ、さらに7月からは病状によって最低7,640円になりました。当然病院の収入(=健康保険からの支払い)は激減/赤字になってやっていけなくなる病院は次々療養病棟を廃止するようになる → そのダブルの結果で老人医療費は激減する、が政府の狙いだったのでしょう。
しかしこの医療費改定には、問題点がいくつもありました。(まあ、政府が医療費をいじる場合にはいつでも問題が生じるのですが)
一昨年の見直しによって、入院基本料は患者の重症度によって大きく3つに分類されることになりました。その中で最も高価(一日あたり17,400円)に評価されている医療区分3(要するに重症患者)は「医師及び看護師による24時間体制での監視・管理を要する状態」と定義されています。しかし、このような状態の患者は療養病棟よりはむしろICU(集中治療室)などがある急性期治療病院で診るべきでしょう。そういったところで緊急事態をきちんと治療して「命に関して予断を許さない状態をやっと脱した/でもまだ自宅や施設には行けない」という状態の人を「療養」するために療養病棟が必要だ、というのが私の認識です。つまり、治療が必要な人は療養病棟ではなくて治療病棟で治療した方が良いのではありませんか? 医療区分3で要求されているレスピレーター(人工呼吸器)や感染隔離室がずらりとならんでいる療養病棟は「病院の機能分化を進めるべきだ」という今までの政策とは整合性が取れません。
医療区分2(患者自立度によって入院基本料が12,200円~13,440円)に属する病態はきわめて細かく、肺炎や褥瘡や精神状態などで定義されていますが、ここにも問題があります。
たとえば「肺炎」。急性肺炎を起こした人を治療するために医療区分1から約4,500円コストを上乗せするのは、抗生物質などをそれでまかなえ、と言うわけで、政府の医療政策にしては珍しく合理的な判断です。しかし、老人の肺炎は一般的な「細菌性肺炎」だけではありません。意外に多いのは誤嚥性肺炎(飲食物や口の中の雑菌の塊を食道ではなくて肺に間違えて吸引して引き起こされる肺炎)です。この病気を予防するために、口腔ケアや摂食機能訓練を熱心に行って肺炎を予防する病院が政府によってどう経済的に評価されるかというと「肺炎を起こさないとはよくやった。経済的に罰してあげよう」と入院基本料が医療区分の1になります。ところが、熱心にケアをせずに肺炎発生を繰り返した病院はもちろん医療区分2として収入が増えます。
褥瘡についても同じことが言えます。「褥瘡を発生させるのは恥だ」と頑張ってケアを行い褥瘡を発生させない(発生しても軽度ですませる)と、肺炎と同様、経済的にはマイナスの評価をされることになります。
もちろん、どんなに良質な医療ケアを提供しても、肺炎や褥瘡が発生することは完全に防止できませんし、その治療にコストをかけるのは当然のことでしょう。しかし、こんな経済政策では、くそ真面目で真正直な病院の方が先に淘汰されてしまう可能性が強くないですか?
支払う側に関してはまた違う問題が見えます。
たとえば、手のかかる老人を歯を食いしばって自宅で介護しているAさんと、病院から「もう退院できます」と言われているのに自宅に引き取らず施設も探さないBさんがいる、とします。Aさんの家では、外来や往診にかかるくらいで医療費に関しては「お国のため」となっています(=医療費が少ない)。しかしAさんは介護に全力を振り向けているので仕事を辞めて収入はありません。ではBさんは……入院費は払っていますが、自分は仕事をしさらに入院させている親の年金もあります。そして……入院患者が割と元気(医療区分1の人)であると一昨年の医療費改定の入院基本料の減額に伴って自己負担の支払いがはるかに少なくなったのです。つまり、とても「お得」。だとすると、わざわざ「損」をしてまで、Bさんは入院患者を喜んで引き取るでしょうか?
「医療費の削減」で老人を療養病棟から追い出して在宅に誘導する政策は、一見正しいように見えます。しかし、在宅の方が「お得」に見えますが、実は施設費や人件費をきちんと帳簿に計上できない(わざと計算しない)から表面上は安く見えているだけです。正しく評価したら在宅では労働コストは施設よりも贅沢にかかっているけれど、それをまったく評価しなければ(家庭内で無料でこきつかえば)、それは当然帳簿上の数字はお安くなるでしょう。でも、それは経済的に正しい評価ですか? 家庭内ボランティア(多くは「嫁」と呼ばれる立場の人)に頼って(あるいは押しつけて)単に人件費を目に見える形で計上しないから、安く見えているだけではありませんか?
介護力さえあれば家庭でみることができそうな「医療区分1」に関して、入院基本料を24時間で割れば、「時給」は318円です。今の政策では、値段が安い方に誘導したいわけですから、当然在宅はそれより「安」くなければなりません。
現在実際に在宅介護をされている皆さん、みなさんのご苦労に対する「時給」は318円以下(あるいは無料であるべき)と評価する政府の判断について、どう思われます?
結局「三方一両損の医療改革」ではなくて、「政府丸得の医療改革」「正直者が莫迦を見る医療改革」あるいは「318円の医療改革」だったのですね。
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