おかだ
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/01 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

2008.01.07 19:03 |  診療  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

名医(1)古代東西

 昔々その昔、ギリシアのコス島に、ヒポクラテスと呼ばれる名医がいました。現在はその業績よりも「ヒポクラテスの誓い」で有名ですが、有名な割にはその業績内容も「誓い」の内容も言える人は少ないようです。(先月「誓い」について書きましたが、覚えている人がどのくらいおられるかしら?)
 ヒポクラテスの業績は古代ローマの名医ガレノス(2世紀)に引き継がれ、そこでアリストテレスの哲学の四性説(「湿・乾」「温・冷」の組み合わせで世界のすべてを説明するもの。「カラーやフレーバーといった様々な性質を持つクォークの組み合わせですべての物質ができる」と説明する素粒子論とどことなく似たようなもの、と言ったら現代人には理解しやすいかもしれません)とミックスされました。ヒポクラテスの四体液説と四性との合体は芸術的とさえ言えます。(余談ですが現在の「メランコリー」は四体液のうちの「黒胆汁」(ギリシア語で「melan(黒)」「cholie(胆汁)」のことです。四性だと「乾/冷」だったかな。ただ、現代のようなネガティブなイメージが付与されたのはルネサンスより後のこと。魔女狩り全盛となって、黒は悪魔の色ということで嫌われるようになったそうです。余談の余談ですが、ヒポクラテスの黒胆汁は、彼らが観察したコーヒー残渣様の吐物かタール便から思いつかれたものではないかと私は個人的に考えています。とすれば「黒胆汁気質」が“暗く”なるのはしかたないですよね。吐下血は明るくできませんもの)
 ガレノスの功績は、人体を解剖的に眺める視点を導入し、その生理(と病理)を「精気(プネウマ)」で統一的に説明したことです。実はその説明は(現代の医学から見たら、解剖学的にも生理学的にも)間違っていたのですが、大切なのは「解剖的な視点」と「統一的な説明」(患者の状態という現実を把握し、医学理論に基づいて診断・治療に当たる態度)の導入です。それによって医学は哲学から独立でき、「プロ医師」という専門家集団が西欧で地位を確立しました。ただ、あまりに彼の医学理論体系が優秀すぎて、1000年以上西洋の医学を支配してしまったのはちょっとやり過ぎだとは思います。パラケルスス(16世紀の錬金術師・医師)、ヴェサリウス(16世紀の解剖学者、解剖学書『ファブリカ』)、ウィリアム・ハーヴィー(17世紀の医師、血液循環説)によって否定されるまで、ずっと大学の医学部でガレノスの医学が教えられ続けていたなんて、まったく信じられませんが、『解體新書』(つまりはその原本の『ターヘル・アナトミア』)には、医学を学ぶ者が参考にするべき古典の筆頭にガレノスの名がちゃんと上げられているのです。おそるべし、古代ローマ。

 またまた余談ですが、英語圏でガレノスはガレンGalenと呼ばれます。しかしラテン語ではClaudius Galenusですから「日本語読み」のガレノスの方が原音に近いはずです(彼はギリシア語圏出身なので、ギリシア語ではガレンになるのかもしれません)。
 昔ベストセラーになった『かもめのジョナサン』を書いたリチャード・バックはバッハの末裔でだから名前の表記はBachなのにアメリカではバッ“ク”だし、F1ドライバーのシューマッハもアメリカではシャーマッカと発音されてしまいます。また、フランスの思想家レヴィ=ストロースの親戚がアメリカでジーンズを作ったらリーヴァイスになっちゃうんですから、英語使いに「日本人がガレノスというのはおかしい」と指摘されても「お互い様」と返せばいいことだとは思いますが。

 名医は西にいるだけではありません。
 紀元前五百年頃の古代中国に「扁鵲(へんじゃく)」という名医がいました。死人を生き返らせたり、斉(さい)の桓侯(かんこう)が病気であることを一瞥するだけで見抜いたり、といった伝説が現代に伝わっています。今でも「扁鵲」と言ったら名医の代名詞です。
 さらに古いところでは「神農」。赤い鞭で草木を打ってその性質を確かめ(理屈はわかりませんが、毒があるかどうかそれでわかるんだそうです)、さらに自分で百草を嘗めることで人体実験してその薬効を確かめた、という伝説があります。せっかく赤い鞭を使ったのに毒草をなめて倒れる、なんてお茶目な面も持っています(またまた余談です。この「百草」は「100種類の草」ではなくて「非常にたくさんの草(百害、百代、百出などの「百」)」のことでしょう)。つまりは漢方医学および農耕の祖です。もちろん、特定個人ではなくて、薬草の効用や毒性を患者や自分自身で確認しその情報を共有して伝えた古代の医療者たちの努力の結果が擬人化されたものだと思います。いわば「名医のエッセンス」ですね。

 ずいぶん長くなったので……続きは明日のココロだ。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)