昨日は「24時間と1分」なんて極端な数字を書きましたが、実は医療技術の進歩はすごいもので、たとえば低体温法(脳低温療法)なんてものを用いると、たとえば自動車に全身を縦にひかれて頭から胸からぐしゃぐしゃになった人でもしばらく“生かす”ことが可能です。つまり、高度な救急医療を駆使すれば「交通事故死者数(あくまで24時間以内のもの)」を減らすことは短期的には可能となっているのです。
これがもっと進歩して、たとえば冷凍治療法なんてものができたら、体がバラバラになりましたとかDOA(Dead on Arrival 到着時死亡;要するに「救急車が運んできたのは死体でした」の状態)以外では「まだ生きている」と警察が主張できるようになるかもしれません。まるでSFですけれど。
「数字は嘘をつかない」とはよく言われますが、数字の(意味の)読み方を知らない人を欺すのは実は簡単なことです。
現実が数字として表現された時点ですでに多くの“事実”がそこからこぼれ(特に数字で表現できないものが)、それがまとめられ統計的な処理を受けることでさらに実態から乖離したものが最終的に「統計」となっているわけです。その統計がなぜどのくらい現実から乖離しているのかを心得て(それが無理でもせめて「これは統計上の数字であって、現実そのものではない」ことを意識して)眺めるようにしないといけません、というか、統計の数字を紹介する人はちゃんとそのことを公開するべきではないのかなあ。発表する方もそうですが、それを伝達するマスコミも「おれは伝えただけだ。その内容に責任はないよう」なんてのは無責任では? “大本営発表”を伝えていた戦時中のマスコミではあるまいに。
余談ですが、(低体温法に限らず)高度な救急医療が普及してきたことも、最近マスコミが大喜びで報道している「救急の“たらい回し”(受け入れ拒否)」が生じるようになった原因の一つではないか、が私の想像です。なにしろ高度な救急医療は、人とものと時間とコストを要求します(つまり患者を一人受けたらそれで手一杯になって次の人がそこでは受けられません)。さらにそれによって延命できるということは、逆に言えばこれまでは「残念ながら手遅れでした」で死亡宣告していたのができなくなるわけで、つまりはベッドが空きません。ベッドが空かなければ次の人が受けられません(入院患者の定数オーバーはお役所によって病院が厳しく処罰されますし、「入院させることが不可能なのがわかっているけれど取りあえず外来で診る」のは無責任な態度です(大災害の時のトリアージは話が別です))。
「救急」は「救急車」と「救急室」だけ見ていたら、多くのものを見逃すことになります。「救急患者が発生する現場」「救急車やヘリを含めた救急搬送システム」「救急室」「急性病棟」「回復病棟」「別の病院への転送(急性期・回復期を含めて)」などをすべて包括的に見た上で手を打たなければ、「救急の問題」は歪んでいくだけでしょう。あたかも「ヤブ医者が、肺炎の患者に解熱剤と咳止めだけ投与していたら、なぜか状態が悪くなっていきました」のように。
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