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「読んだことはないけれど、ファン」という人が多そうなことばです。それとも“ファン”はみなしっかり読んでいて、それを私が知らないだけ?
ともあれ、ファンの人には悪いのですが、私はヒポクラテスの誓いには不同意の立場です。その理由は以下の四つ。
1)パターナリズムが強すぎる。(パターナリズムの説明が要ります? 要するに封建的な「俺様(医者)の言うことにお前ら(患者やスタッフ)は黙って従えば良いんだ」です。インフォームド・コンセントやチーム医療とは相性がきわめて悪い態度です)
2)エリート主義のにおいもぷんぷんします。まあ、だからこそパターナリズムにもなるわけですけど。
3)女性差別のにおいもあります。なにしろヒポクラテスの誓いに従うと女は医者になれないのですから。
4)医者は外科的処置をしない、という意味のことばもあります。外科系排除で良いんですかね。
もちろんヒポクラテス(という“医者”(*)が存在したとして)が生きた時代の、男性優位社会ではパターナリズム全盛だったことなどがそのまま“常識”として誓いのことばに反映されているだけですから、「現代の目から見て」の難癖をヒポクラテスの誓いにつけるのは“間違い”とは言えるでしょう。ただ、今「ヒポクラテスの誓い」を唱えるのなら「時代を考慮した取扱説明書」をつける必要はあるでしょう。
(*)プラトンやアリストテレスが延々と「ヒポクラテス」と論争しているので、一人の人間としてはちょっと全盛期が長すぎると私は感じます。特定個人というよりは「ヒポクラテス派の代表」といった存在、という説を私は支持しています。
さらに、「八百万の神」の国日本ではそれほど問題にならないでしょうけれど、一神教の信者にはとんでもないことばも登場します。初っぱなに「医の神アポロンに誓う」ですよ。話はそこで止まりません。アスクレピオス・ヒュギエイア・パナケイアおよびすべての神々といった誓いを立てるべき神々が後にずらりと控えています。一々誓っていたら人生の何パーセントかを消費してしまいそうですし、「唯一絶対神以外の神は認めない」立場からはそれはそもそもとんでもない行為です。ヨーロッパの医学部で、キリスト教信者の皆さんは、どんな顔で「異教の神」に誓いを立てていたんでしょうねえ。異端審問にかけられなかったんだろうか。
12月24日なので、関連がありそうな話題にしてみました。
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