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2007.12.14 22:04 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

物騒な事件がまた

 物騒な銃撃事件が起きました。

http://www.asahi.com/national/update/1214/TKY200712140327.html 

  こんな事件を予防するためにスポーツジムに武装警備員を置くわけにはいかないでしょうが、ではどうすれば良いのでしょう。つい先日はピンポイントで特定の病室を狙った銃撃事件がありましたが、こういった類の不特定多数を狙う人間が「ターゲットは病院」と思ったら、どうすればいいのでしょう。やはり病院にも武装警備員? 金属探知機でも良いけれど、そこを武器を持って突破しようとする人間を力で阻止するためには、やはり警備員の配置が必要です。

 しかし、マスコミは相変わらずですね。無意味なヘリ映像を流し続けるし(夜間だから画像はろくに見えないし、夜間だから危ない。犯人がそのへんをうろうろしているのならともかく、何を撮したいのか目的も不明)、ジムの本社で記者会見をさせるし(本社だって情報は持っていないでしょう。施設とか職員の書類上のことは知っているでしょうが、事件の状況についての情報を持っているとしたら警察)。病院での記者会見も流していましたが、あの個人情報、流して良いと本人や家族の了承は文書で得ているんだろうか、とちょっと気になりました。

 

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2007.12.14 17:17 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

ナントカしろ

 昼のTVニュースでやっていました。救急車で産科受け入れ病院を探しにくい状況をナントカするためにお上が言い出したのが「救急と病院のさらなる連携を」。

 ……ため息。

 つまり「現場が頑張れ」「現場でナントカしろ」という通達ですね。
 今問題の根底にあるのは「連携が足りない」(空いている病院がごろごろあるのに救急が探し出せない、病院が「空いているぞ」と日本中に宣伝する努力をしていない)ことでは な・く・て、「病院が空いていない(手術・処置中)」あるいは「救急に関する専門家が足りない」という“状況”だと私には見えるんですけどねえ。(ついでですが「専門家」は医者に限定しません。救急はチーム医療で対応するべきもので、ブラックジャックのようなスーパー医師一人がいたらなんでも解決するような生やさしいものではありません。漫画を真に受けているのかそのへんの認識が大甘な人が多すぎます)
 それともあれはお役所の“アリバイ作り”? 「自分は(口を動かすという)努力をした。あとは現場が手足を動かすという努力をしろ」と。で、また死者が出たら「現場の連携(努力)が足りなかった(自分は“努力”したんだから、問題が発生しても責任は自分にはない。自分ではない以上責任を負うべきは現場だ)」とでも言うのかな。

 太平洋戦争で、たとえば餓島に派遣された部隊が、人も食料も武装も足りない“状況”で圧倒的に優勢な敵軍に対峙させられて「現地調達でナントカしろ」と本土でぬくぬくしている司令部から命令されていたのをなんとなく思い出します。

 ……ため息アゲイン。
 まあ、ため息をついていても何も解決しないし、「連携」が足りないというのなら日本中でどんどん連携しましょうよ。で、「北海道に一床空きがあります」という情報があったら、羽田からチャーター機を仕立てますか?

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2007.12.14 07:34 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

医者の悪口(2)

 私のネット歴は気がつけば十数年。前世紀はNiftyServeのあちこちのフォーラムに盛んに書き込みをしていました。今はもっぱらmixiにたむろしています。で、たまにですけれど私が自分の職業を明らかにしていない状態でネットで会話をしていて私が医者であることがわかった瞬間、突然それまでの会話の流れを無視してぎゃんぎゃん悪口を浴びせかける人がいました。「私がどんな人間か(どんな発言をしているか)」ということより「私が医者である」ことをもって悪口を言う正当な理由となっているかのように。無意味に「先生扱い」されるのはイヤですが、悪口を言われるのも不愉快です。そういった人はもしかしたらどこかの馬鹿医者にひどい目に遭わされた恨みを晴らしたいと思っているのかもしれませんが、もしそうならお気の毒とは思いますが、私に当たり散らすのはお門違い。(自分の恨み(私怨)を晴らすために日本中の医者を叩いて回るのは「私公混同」でしょう)

 そういえば、新聞やネットで、医者はよく叩かれていますね。まるで安心して殴れるサンドバッグみたいに。特に開業医は「金持ち」というイメージがついているためか叩かれやすいようです。

 私はここに「医者差別」のにおいを感じます。(「差別」の特徴の一つは「その人が個人としてどうか」よりも「その人の属性(人種、性別、職業、出身地、などなど)」をもってその人に対する“価値判断”を行うことです)

 もともと医者は被差別階層の住人だったと私は考えていますから今さら差別されることに必死で抵抗しようとは思いませんが、ただそれについての考察だけはしておきます。
 古代ギリシアでは、頭脳労働(哲学や政治や数学や美術について論じること)は技術的な手作業を行なうことより“上等”でした。口を動かす自由市民は手を動かす奴隷より上、というわけです。これは西洋の知的態度の伝統となっているらしく、二十世紀にアメリカでプラグマティズムが起きるまで、基本的に頭脳労働は肉体労働より上とされ続けています。(今でもたぶんそうでしょう)
 で、医者はどちらの階層に属するか、と言うと、微妙です。頭脳労働も行ないますが、頭(と口)ばかり動いて手が動かない医者は現場(たとえばERや手術室)ではただのうるさい役立たずです。「腕が立つ」ことも必要。そこで医者は二つの層に分けられました。中世ヨーロッパでは、大学出の医者(頭脳労働担当)と徒弟制度で鍛えられた床屋外科(瀉血担当)の二つの階級に医者は社会的に厳然と区別されていましたし、近代では正規の医学校出身(理論をしっかり学ぶ)と軍医学校出身(実践重視)とではやはり扱いが違います。
 日本でも、たとえば江戸時代には、御殿医・御目見得医・奥医師・藩医といった公的な医者と、徒弟制度の町医者や村医者は見事に扱いが違います。「藪」「竹の子」「葛根湯医」「手遅れ医」と落語で盛大に揶揄される医者がとても社会的に高貴な身分とは思えませんね。実際当時の村医者で被差別階層の医者というのも実在しているそうです。
 このように医者には「尊敬される階層」と「安心して馬鹿にできる(差別できる)階層」とが両立していたと私は医師の歴史を見ています。(それが一律に「医者は素敵な商売」という共通認識になって理系の秀才がこぞって医学部進学を目指すようになったのは、日本では二十世紀後半(それも高度成長期以後)だけの特殊な現象ではないでしょうか)

 ではどうしてこのように医者を二つに分けなければならなかったのでしょう。
 知的労働>肉体労働、という価値観からは、血や便や痰や膿にまみれて人の治療という肉体労働をしている人間に対する蔑みが生まれるでしょう。また、人の苦しみや不幸から利益を得る(疾病で苦しんでいる人間から謝礼を取る)人間を許せないという感情や(日本特有かもしれませんが)「死の穢れ」に日常的に触れる人間に対する忌避感情から、医者を見下し差別しようとする動きが起きるのはわかります。
 ところが、「死の穢れ」は、怖れの対象でもあります。また、あまりに医者を見下して普段いじめていると、いざ自分が病気になったときに仕返しをされてしまうかもしれません(いじめている人間はその裏返しとしての“復讐”に対する怖れを予期不安として持ちます)。ですから念のためには「先生」扱いして持ち上げておけば安心だし念のために金も与えて手なずけておいた方が安全でしょう。

 ということで医者に対する二律背反的な扱いが継続されたのではないか、と私は考えています。ところが、同じ人間を軽蔑しつつ尊重する、というのは人間の心に結構な負担を課します。ホンネとタテマエを器用に上手く使い分けられればいいのですが、腹の底で軽蔑・差別している人間を「先生先生」と持ち上げるのは苦痛でしょう。そのストレスがある日突然爆発すると医者に対する盛大な悪口になる、というのが医者の悪口発生の一つのメカニズムだろうと私は見ています。

 また長くなっちゃいました。続きは、次回。

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