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2012.05.28 07:16 |  診療  |  おかだ  | 推薦数 : 0

個人認証

 パスワード、顔写真、指紋、声紋、静脈のパターン、網膜……さまざまな個人認証の方法が現在用いられています。
 病院でも個人認証は重要です。特に患者さんの個人認証に失敗すると、本来はしなくて良い採血やレントゲン撮影をしてしまったり、処方箋を取り違えたり、はては手術する場所を間違えてしまったり、というとんでもないことが起きます。そこでよく行なわれるのが「フルネームを呼ぶ」「ネームバンドを手首につける」という手法でしょう。
 私が勤務する病院でも入院患者にはネームバンドが採用されています。もっとも現場では「顔を見たらわかる」とそのチェックを厳密には行なっていないのではないか、と思われるフシがあって、時々「取り違え」のエラーが起きています。そこで医療安全対策委員会は定期的に「ネームバンドを必ずチェックすること」と呼びかけます。
 ところで私は、本来の業務の他に“副業”として「褥瘡対策委員会」の仕事もしています。そのため定期的に病院の全病棟をパトロールして、褥瘡を持つ患者さん全員の診察をします。現在はどの病棟も褥瘡持ちは0〜2人なのでそれほどの手間ではないんですけどね。で、ふと気づくと、私自身が「ネームバンドでの個人認証」を行なっていませんでした。あらららら。これはまずいなあ。ただ言い訳になりますが、「褥瘡による個人認証」を行なっているので、それで「取り違え」は皆無です(各個人、全部褥瘡の場所や形が違いますから)。「ネームバンドの確認」は「目的」ではなくて「手段」ですから、結果として「患者取り違え」が起きなければ「褥瘡の確認」を本人確認の「手段」としてはダメ?なんてことをほざいたら、現場の看護師さんや褥瘡対策委員会の委員たちは、笑い転げながら承認してくれましたが……やっぱり、ダメ?

 

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2012.05.27 18:21 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  おかだ  | 推薦数 : 0

これは誰の脚?

 これは実話をもとにしたフィクションです。

 大きな病気で入院することになったγさん、最初は遷延性意識障害もあってなかなかコミュニケーションが難しかったのですが、治療によって少しずつ状態は改善してきました。しかし、どこかぼーっとした、というか、心ここにあらずの状態が続いています。
 ある朝、いつものように回診に行くと、γさんの表情がいつもと違います。目に力があるのですが、非常に心配そうなのです。尋ねると「先生、これは誰の脚ですか?」と、ベッドの中を指さします。どれどれと布団をめくって見るとγさんの下半身が見えます。γさんの下半身だけが見えます。
「どれです?」と私。
「これです、これ」と自分の片脚を指さすγさん。
「私にはγさんの脚に見えますが」
「いや、私の脚じゃないです。一体、誰の脚なんです?」

 会話がかみ合っていないようですが、二人とも真面目です。γさんは別に妄想を抱いたり幻覚を見ているわけではない、というのが私の判断です。身体失認だったら「自分の体が存在していることを無視する」のですが、この場合には「脚が存在していること」は認識できていて、でも「それが自分のものである」という認識ができないわけですから、おそらく固有感覚の障害による現象でしょう。

 固有感覚とは、「五感」以外の感覚で、わかりやすく書くと「自分の手足が存在することが一々確認しなくてもわかる感覚」「自分の手足がどんな位置でどんな角度にあるかが見なくてもわかる感覚」です。ふだん意識することはありません。だけどこの固有感覚があるから、私たちはいろいろな運動(たとえば、ろくに球を見なくてもキャッチボールができる、手探りで暗闇を歩く、タッチタイピング、など)ができています。
 この固有感覚が失われると、「そこに存在する脚」は「自分の脚」として認識できなくなります。一々目で見ないとどんな角度でどんな運動をしているかわかりません。自分の体にくっついているのに、“自分の一部”でなくなっているのです。γさんもそのことに気づいて不思議に思っていたのでした。

 オリバー・サックスが著作『妻を帽子とまちがえた男』と『左足をとりもどすまで』でこれと類似のエピソードを取り上げています。「ベッドの中に誰かが悪戯で差し込んだに違いない“他人の脚”を、邪魔だからベッドの外に放り投げたら、なぜか自分の体も一緒にその脚に引っ張られてしまって、ベッドの外にその“脚”だけではなくて“自分”までもが落ちてしまった」といった、なかなかダイナミックなエピソードでした。

妻を帽子とまちがえた男』オリバー・サックス 著、 高見幸郎・金沢泰子 訳、 晶文社、1992年、2900円(税別)
左足をとりもどすまで』オリバー・サックス 著、 金沢泰子 訳、 晶文社、1994年、1800円(税別)


 特に『左足をとりもどすまで』では、著者自身の固有感覚喪失体験から、固有感覚の障害によって「自分の肉体が存在すること」への無意識の確信が揺らぎ、結果としてアイデンティティの危機までも生じることが、実にリアルに描かれています。

 さて、治療はどうしたものでしょう。まず私はγさんに「これは病気によって生じた現象であること」「精神異常などではないこと」を説明して安心感を持ってもらうことから始めました(ご家族にも同じ説明をしました)。だけど次は何をしたら良いのでしょうねえ。とりあえず、リハビリテーション?  特効薬はたぶん無いんですよね。


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2012.05.27 07:18 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

退院完了

 テレビドラマの「ER」だったか他のドラマだったかは忘れましたが、アメリカの病院で、退院患者が「自分は歩ける」というのに車椅子に乗せられて、玄関を出たら「はい、ここからは自分の足でどうぞ」と言われるシーンがありました。患者はあきれて言います。「病院の中で転んだら責任問題になるから車椅子に乗せたんだな」。
 訴訟社会だから少しでも病院が訴えられるリスクを減らすための措置でしょうが、患者の機嫌を損ね車椅子を押す人を投入しなければならないわけで、あまり好ましい情景とは思えませんでした。たぶんそう感じているアメリカ人もいるから、ドラマでそのように描かれたのでしょうが。
 ところで、日本の病院での「退院シーン」は、ドラマやニュースでは病院の玄関で白衣姿がずらりと並んで退院する人を見送る、となりますが、現実問題としてはせいぜい病棟で挨拶をしてエレベーターに乗る姿を見送る、が多いように思います。
 ただ、そこで気になるのは、「病棟から歩いて出られる」ことと「自宅に無事に帰り着く」こととは別の問題、ということです。病棟は基本的に歩きやすいように造られています。しかし、自宅に帰る道中の多くは「バリアフリー」ではありません。たとえ途中がすべて平面でも、自宅の前に階段が数段、なんてこともよくあります。そもそも病院の駐車場で自家用車やタクシーに乗ろうとして、その座席に安全に座れるように、足を上げる練習をしてあります?(身を屈めたりお尻を持ち上げたり下げたりも必要ですよね)  もしもふらっとしたとき、訓練を受けていない素人がバランスを崩した人を無理に乗せようとすると、自分の腰を痛めるか一緒に転けるかのどちらかになりそうです。
 「おかだはそんな“練習”を患者にやらせているのか?」という質問が飛んできそうですが、答えは「イエス」です。退院決定前に、階段が歩けるか、車への乗降ができるか、くらいは確認します。「患者が病院の玄関から無事に出ること」ではなくて「家に無事に収まること」によって「自宅への退院」は完了する、と考えていますから。さすがに自宅まではついて行きませんけれどね。

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 テレビで「持病があっても申し込みができる生命保険」というのを宣伝していました。
 私はそれを聞きながら(あ、テレビは見ていません。隣の部屋でパソコンに向かってなにやら文字を打っています)、「申し込みができることと、支払いがたっぷりとは違うよ〜ん」なんて呟いています。だって生命保険会社は営利事業です。収入以上の支出をする(できる)わけがありません。だったら「持病がある=生命保険金の支払い確率が高い」人への支払いが「持病がない」人と同等のわけがない、というのが私の判断なのです。
 そう言えば、最近書いた入院保険の診断書のことも思い出しました。まだ入院中のαさんの家族が「今日までの分で良いから入院証明を書いてくれ」と診断用紙を提出されたのです。お金に困っている人の場合、それこそ一月ごとに「書いてくれ」と診断書作成を求められることがありますが、αさんの場合あともう少しで退院の予定です。そこで「書くのはかまわないけれど、今日までの日付で書いて、あとで、明日から退院日までまた診断書を書くと、診断書料がダブルでかかるから損ですよ」と確認すると「もう入院保険金支払いの制限日数に到達したので、今書いてもらっても退院日に書いてもらっても、もらえる金額は同じなんです」とのこと。なるほど、それなら納得で、すぐに書き始めました。
 そういえば私が入っている生命保険、入院日数は最大何日まで、とかあったかな?  約款をもう一回読み直してみなきゃ。あれ、「読んで欲しくない」と言わんばかりに細かい字で書いてあるのであまり見つめたくないんですよねえ。


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2012.05.26 07:21 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(2-46)「幻」

「幻のコーヒー」「幻の酒」……なんでその味を知っているの?
「幻滅」……現実に戻ること
「幻想」……そもそも「想い」に実体はない
「幻覚」……第六感や第七感があるような感じがする
「幻覚剤」……幻覚のなかで見つけた薬
「幻肢痛」……痛みは現実
「幻視」「幻聴」……それが「幻」であると確定できた根拠は?
「幻灯」……光っているような気がする
「変幻」……根性のない幻

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2012.05.25 19:02 |  グルメ / お酒  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

コラーゲン

 楽天市場で「コラーゲン」で検索をかけてみると、まあすごい数の商品が引っかかります。これだけの「コラーゲン」、一体何から生産されているんでしょうねえ。そういえば飲食店でも「コラーゲン鍋」なんてのを売り物にしているところがあちこちにありましたっけ。
 「コラーゲン 効能」や「コラーゲン 効果」でネット検索をかけてみると、これまたすごい数のサイトが引っかかります。なんだか読んでいるだけでお肌がぷりぷりになってしまいそうな気分がしてきます。これはプラセボ効果?
 で、わざわざ「コラーゲン料理」を食べなきゃいけないのかな、というところで思いだしたのが、煮凝りです。あれ、もろに「コラーゲン料理」ですよね。だけど煮凝りはコラーゲンだ、と言ってもあまり相手にしてもらえないような気がします。
 「美容と健康のためにコラーゲンを」と言うとなんだかありがたくて、「美容と健康のために煮凝りを」と言うとなんだか高血圧が心配になってくるのは……商業主義のプロパガンダに毒されています?


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2012.05.25 06:42 |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

目を醒ませ

 かつて私が受験勉強をしていた時代、受験生の「徹夜のための武器」は、ラジオとコーヒーでした。ただ私は、深夜まで勉強してもそれはダイレクトにテストの成績には結びつかない、とすぐにわかったので、眠たくなったらすぐに寝て早起きをして勉強を再開・テスト前に集中するのではなくてふだんから分散してやっておく、というやり方にしましたので「一夜漬けの恩恵」というのは結局知らずじまいです。
 そのうち、カフェイン錠とか目覚ましのためのガムなんてものが売り出されました。たぶんそれを徹夜勉強のためのお伴として愛用した人も多くいるのではないでしょうか。

 もうちょっと覚醒作用が強いものとして「覚醒剤」があります。現在は法律で取締の対象となっていますが、かつて(戦前〜戦後しばらく)はふつうの市販薬でした。当然その効能をいかして、日本軍でも覚醒剤は使われていました(日本帝国軍が“悪の巣窟”だったのではなくて、「市販薬」を使っただけです)。「麻薬」(wikipedia)には「ヒロポンや覚せい剤は戦時中の日本軍やドイツ軍で、恐怖心を麻痺させ戦闘意欲を高めるため前線の兵士や特攻機の乗組員へ配布される場合があり「突撃錠」として知られた。また疲労耐性を高め生産効率を上げるため軍事工場の従業員等にも配布された」とありますが、これも当然ありそうなことです。(私個人としては「軍事工場」よりは「軍需工場」の方がしっくりきますけど)

 で、徹夜明けでへろへろの医者にヤクを与えたら、おめめぱっちり頭はしゃっきりになるか、という研究がありました。
精神刺激薬で睡眠不足の医師の記憶・判断力向上」(MedicalTribune)
 「モダフィニル」という、過度の眠気治療に使われる薬を、徹夜明けの医者に投与してみたら、プラセボに比較して「作業記憶と計画性の成績に優れ,衝動的な判断を下すことも少なく,さらに作業中の課題変更にも,より柔軟に対応していた。」そうです。ただし「精神運動作業能力については,両群間に有意差は見られなかった。」とも。

 イギリスでも徹夜明けの医者をヤクで元気にしてこき使うのか、と一瞬思いましたが、こういった研究に徹夜明けの医者が被験者として参加できるということは、もう勤務からはフリーになっている、ということなんでしょうね(日本だったら、ふつうは仕事をしているはずですから)。
 で、「精神刺激薬が精神をちゃんと刺激しました」という面白くもない結論ではあるのですが、私が知りたいのはもうちょっと先。「徹夜をしていない医者」と「徹夜をした医者」の比較と、それぞれに精神刺激薬(あるいはプラセボ)を投与した結果の比較、それを私は知りたくなっています。
 そうだ、学生で「徹夜をする」「徹夜をしない」/「この薬を使う」「プラセボを使う」で、試験の結果がどう違うか、なんて研究もどなたかやってみられません?  「目を醒ましている」と「成績」がどのくらい関連しているのか、ちょっと興味がありますので。

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2012.05.24 19:21 |  仕事 / 職場  |  おかだ  | 推薦数 : 0

5セイ

 あるビルのトイレに「5S」のステッカーが貼ってありました。見ると「整理・整頓・清掃・清潔・躾」で5つの「S」ということです。
 「ふうむ」と私は考えてしまいます。内容には反対するところはありませんが、「ニホンゴ」としてはどうせ揃えるのなら、最初の4つに合わせて「S」は全部「セイ」でまとめたいところですし、漢字もすべて二文字にしたい。
 ということで「躾」だけが浮いて見えます。
 さらに意味も、「整理・整頓・清掃・清潔」はすべて「(現場で)する人」のことですが、「躾」は「させる人」のことにも見えます。もちろん「躾」とは「美しい身」のことだ、と言えば「自分のこと」にはできますが、「躾をする」「躾られる」と言えばやはり「上から目線」がそこに登場します。上司に躾られないと「整理・整頓・清掃・清潔」ができない職員がいる、とこのステッカーは言っているみたい。

 改善案を考えてみました。5番目の「S(セイ)」として……
「生活」「生命」……なんだかお掃除に生活や命がかかってしまいそう。
「清流」……きれいなイメージですが現実と落差があると逆効果。
「清涼」……そんなトイレにあこがれますが……
「成功」……すればいいですね。
「清浄」……清潔とかぶっています。
「成徳」……死語?
「精一杯」……おっと、漢字が三文字。

 ということで、なかなか良い「セイ〜」が見つかりません。「清廉」というのもトイレに使うにはちょっと意味がずれているし……そうだ、「誠実」はどうでしょう。「整理・整頓・清掃・清潔・誠実」。これだったら「トイレの神様」も満足してくれませんか?


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2012.05.23 19:12 |  その他(一般)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

民意

 球界の盟主は巨人
 「原子力の平和利用」に賛成
 米軍基地は沖縄へが本音
 郵政民営化に賛成(の投票行動)
 ホリエモンをけちょんけちょん(その前に賞賛)
 自民党→民主党の政権交代に賛成(の投票行動)
 消費税増税に反対
 維新の会に期待

 もしかしたら『全勝」の人もいるでしょう。常に“勝ち組”ということなのでしょうが、でもそれって、誇るべきことなのかな?(ちなみに私は「2勝6敗」でした)


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 「【速報】介護老人保健施設 2012年度 介護報酬改定単価」(シルバー産業新聞)

── 引用開始 ──

⑤医療ニーズへの対応強化
 入所者の医療ニーズに適切に対応する観点から、肺炎や尿路感染症などの疾病を発症した場合における施設内での対応について評価を行う
 「所定疾患施設療養費」(新規) → 300単位/日
※算定要件
・肺炎、尿路感染症又は帯状疱疹について、投薬、検査、注射、処置等を行った場合
・同一の利用者について1月に1回を限度として算定する
・1回につき連続する7日間を限度として算定する

注)介護療養型老人保険施設において同様の加算を創設する

── 引用終り ──
(「スペース」とか「ー」とか内容に直接関係しない部分は省略しています)

 これまで老健などで入所者が肺炎などになったら、施設が費用持ち出しで治療をするか、どこかの病院に紹介して入院治療か、でした。だけど、今年度から「肺炎」「尿路感染症」「帯状疱疹」だけについては、施設で治療をした場合にその実費くらいは払ってやろう、ということになったようです。もっとも、胸のレントゲンを撮って血液検査をして肺炎治療マニュアルに従って抗生物質を使用したら、あっというまに足が出る金額ではありますが。
 不思議に思うのは一つ。「なんで、この3つの病名?(その根拠は?)」。
 憂慮することも一つ。「これからは、施設の入所者が重症肺炎で救急車を呼んだら、『それは施設でまず治療をするべきだ』と言い出すお役人が登場するのではないか」。「重症度」ではなくて「病名」しか見ない人が絶対いると思うんですよね。杞憂だったらいいのですが。

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