羅臼診療所のニュースが本日の北海道新聞に載っていました。
羅臼診療所はきっと4年くらい前に医師や看護師数が減ってしまって町立病院から無床診療所にして、救急も止めたりして色々大変でした。さらに昨年は常勤医ゼロの危機も迎えたりしました。このブログでも取り上げました。
http://blog.m3.com/hokkaido/20100417/1
羅臼は外から見ている限り、町民が頑張り、行政も頑張り必死に地域医療を建て直そうとしていました。
町長は全てのエネルギーを医療に注ぐと言い切っていました。
財政も大変で、新しい診療所建設のための寄付も募ったりしていました。
それでもあきらめず頑張り、とうとうこのニュースのようになったようです。
来年4月から釧路の医療法人が指定管理者となって、羅臼診療所の運営をするようです。常勤医3名で内科、外科、小児科を標榜して、そのほかに脳外科、皮膚科、循環器科が月1回専門外来をするとのことです。病棟も19床で再開されます。
羅臼町は「地域医療政策費」として孝仁会に交付するとのことでした。
釧路の孝仁会はかなり大きな社会医療法人のようです。このような立派な医療法人が指定管理者になってくれるというのですから地域医療の安定と言う意味ではいいかも知れません。
地域医療の継続性を守るためにはこれが一番と私も思っています。それだけに私もこのようなパターンを模索しました。うまくいけばよかったのですが、いろいろあってあえなく挫折したわけです。以前は医局がこの役割を果たしていたのでしょうが、今はその機能はありません。
池田には地域医療振興協会が入ってくるようですし、このような例が今後は北海道でも増えてくるかもしれませんね。
指定管理者となる医療法人にとっても「交付金」が一括で支払われるわけですし、資金繰りの面でもメリットがあると思いますし、何より社会医療法人をずっとキープできます。
あとはスタッフ集めですね。医局派遣自体は必ずしも地域医療をしたい、そのための研修をした医師が地域に派遣されているわけではありませんでした(きっと)。数年田舎でくさい飯でも食って(または給料をたくさんもらって)、またシャバにもどるみたいな面があったように思います。
孝仁会は果たしてどうでしょうか。私はこの医療法人のことを良く知らないでよくわかりません。今いる医師が核として残ってくれればベストかも知れません。
看護師についても結構田舎で集めるのは大変です。
まだ1年あるもののそれなりにハードルはあると思います。私も経過を注視していきたいと思っています。
羅臼町は12日、18日付で退職する町国保診療所の唯一の常勤医(54)の後任に、北広島病院の竹内実元理事長(74)を充てると発表した。6月末までの暫定措置で、常勤医不在による休診は当面、回避される。
7月以降の診療体制について、脇紀美夫町長は複数の医師と接触していることを明らかにして、医師は確保できるとの見通しを示した。
同町は、常勤医の退職が決まった3月下旬から、道や近隣の医療機関を中心として医師確保に乗り出した。その結果、出張医として昨年9月末から1週間、同診療所に在籍した経験を持つ竹内氏が3か月限定で応諾した。
高血圧の薬を処方してもらうため、3か月に1回診療所に来ているという町内の無職男性(70)は、診療の継続を「本当にありがたい。ただ、将来的には常勤医を探してもらわないと困る」と話していた。
2月10日の朝日新聞の道内版?が本日診療所に出回っていました。
前回夕張が医師1名になってしまうということでこのブログでも取り上げたのですが、その後の経過について書かれていました。
2月8日に夕張市長と村上先生の間で話し合いがあり、夕張市長は病床19床と老健40床の維持を改めて要請したようです。その分ちゃんと財政的支援をするという約束もしたようです。
また夕張市は4月以降の医師確保にも協力すると述べたようです。
きっと議会での議論も今後あるし、一体いくら支援してくるのか新聞には書かれていませんでしたので、完全には安心できないのですが、ようやく先が見えてきたような感じです。
今回は3年前のような「口約束」ではないでしょう。
とことんお尻に火がつかないと行政って動かないんだなあと改めて思いました。3年前に市立病院がつぶれて大変な思いをしたのに、もう忘れている‥。ちょっと信じられないです。
これからなんとか財政的な支援ももらいつつ、改めて体制の立て直しということになるのでしょう。
なんとか頑張ってほしいものです。
夕張市立診療所の常勤医4人のうち3人が3月末までに退職し、4月以降は医師1人体制になる見込みとなっていることが2日分かった。
同診療所を運営する医療法人「夕張希望の杜」の村上智彦理事長(医師)によると、医師3人は3月から6月ごろまでにかけて契約期間を終えるため、契約更新せずに退職するという。常勤医は村上医師1人で、総合診療科、整形外科、眼科などの診療科を継続するが、施設縮小や職員のリストラにより、収支均衡を目指すという。
同診療所は2007年4月、閉鎖が決まった旧市立総合病院を縮小する形で、村上理事長が医師1人体制で開業。その後、道内外から医師が集まり、最大で常勤医6人まで増えたが、独立採算制をとりながら救急や入院など不採算部門を存続させたことなどから、慢性的な経営難が続いている。
取材に対し、村上理事長は「(退職する医師らは)一般の自治体病院の半分の給料で、本当によくやってくれた」とし、新たな医師確保については、「いまの待遇では呼べない。本来ここは診療所なので、医師1人でもやっていける体制を早く作りたい」と話した。
本日が診療所の仕事納めでした。
昨年も仕事納めのときの記事を書いていました。
http://blog.m3.com/hokkaido/20071229/1
今改めて読むと、今回の辞任は決して突然のことでなかったということが分かると思います。
この12月31日で町の職員を辞めるため、今日は最後の日ということでお花も頂きました。まだ1月は別の医療法人からの派遣ということで通常通り診療所で勤務するので、ちょっと微妙な心境でした。まあ所長は今月一杯なので、公務員最後というより、所長の最後ということで受け取りました。
約10年前にこの町にやってきて、その後院長、所長と約4年間責任ある立場にあり、診療所を町民の皆さんにとってなじみのある、頼られ、愛される存在にしていきたいという思いで色々と取り組んできました。
24時間365日急患は受け付けるということについては私が赴任する前からずっとやってきたことでした。このことについては病院から診療所へ転換する際も、方向性を変えませんでした。それがこのような僻地の診療所の使命と考えてきたからです。医師の過重労働については以前からずっと自分の中では気になっていました。大きな都会の病院の忙しさと違った忙しさが僻地の医療機関にあります。それがこの24時間365日の救急対応です。急患の数は少ないのですが、少ない医師で当直を担当するため当直する回数も多く、非常に拘束感があります。夜もいつもすぐに診療所に駆けつけられるように寝間着ではなく、ジャージを着て寝ていました。この町のような僻地ではこれが当たり前と思う反面、これでは長く勤められないという思いがいつもありました。そのためなるべく勤務環境を良くしようと思い、研修日を設定したり、代休をとれるようにしたり、夏休みはしっかり取れるようにしたり、週末の当直免除をしたりしてきました。しかしこのような方向性は行政からすれば医師のわがままと思われてきたような気がします。行政自体が、医師が労働者であるという認識がなく、労働基準法を逸脱した勤務についても見て見ぬふりをしてきました。
これは北海道の一僻地の問題ではなく、医療界全体にいえることで、マクロでみれば国自体が医師が労働者であることを無視して(知らないふりをして)、労働基準法を守っていないことを無視し続けてきました。そのため疲れ果てた医師たちが現場から逃散し、地域医療の崩壊が起こりました。医師は仕事先を変えようと思えばいつでも変えられます。開業もひとつの選択肢でしょう。ですから現場の医師たちはわざわざその場で踏ん張って闘争などせずに逃散するのです。今まで医師はみな使命感から身を粉にして頑張ってきました。今もそうです。全国で頑張って疲れ果てている医師がたくさんいるはずです。私も卒後8年間は完全に解放されるのは学会の時と夏休みくらいでした。旅行の予定も患者さんの容態が悪ければキャンセルでした。いつ呼ばれるか分からない状態でしたので、家内も私に子供預けて美容院にも行けないと嘆いていました。特に家内は医療関係ではなく一般人でしたので、医師の勤務体系についてはいつも不満を言っていました。夜寝ないで働いたのに次の日にまた普通に仕事するなんておかしいと。これってきっと普通の感覚だと思うのですが、私は医師という職業についたからはしょうがないと思っていました。
このような異常な勤務は医師では当たり前でした。ですから日本は医師数が少なくても医療が守られてきたのだと思います。医師が全員週 40時間勤務となると、一体何人の医師が足りないのでしょうか。
住民(国民)ももちろん知らない振りをしてきました。夜中当直で働いている医師が実は翌日も普通に勤務するということを知りませんでした。知らなかったというか想像力の欠如で知ることが出来なったのかもしれません。わざと考えなかったかもしれません。いずれにしても国民も医師の過重労働については認識してこなかったでしょう。行政にしても住民にしても医師なのだから夜も寝ないで働いて当たり前、高い給料をもらっているのだから36時間連続で働いて当たり前くらいしか思っていなかったかもしれません。私も以前事務の人から「先生くらい給料もらっていたら私も毎日当直しますよ~」なんて軽いタッチ言われて非常に怒ったことがありました。
話しが長くなりました。私も使命感でこれまで一生懸命働いてきたつもりです。しかし、こんな調子でいつまで働かなければならないのだろうかと思うようになりました。またこのような行政、住民の理解のない町では今後確実に医療崩壊が起こるだろうと思いました。
ということでは私は今月一杯で辞職し、ある医療法人に頼ることにしました。その医療法人が派遣で診療所に医師を派遣してくれる予定です。しかし、簡単に派遣などしてくれません。私の辞職と町の医療再生はあくまでセットです。今後行政や住民の努力が足りないと医師派遣は得られなくなり、地域医療は確実に崩壊するでしょう。おどしのようにとられるかもしれませんが、これは非常に重要なことだと思います。地域医療は医療機関だけで行うものではなく、行政、住民が一体となりつくっていくものだからです。医師まかせ、医療機関まかせではいい地域医療なんて出来るはずはありません。まずは行政側の判断で、残った医師を過重労働から守るために1月からは時間外受付を中止としました。医療法人からの派遣が今後増えれば少し時間外を診るようにはなるかも知れませんが、まずは完全にシャットアウトということになりました。いままでのこの町の時間外受診の自由さから考えると住民にとってはとんでもないことかもしれません。しかし、医療再生のためにしばらく我慢していただきたいと思います。24時間365日を看板にしてきた私としても非常に複雑な心境です。でもここを乗り越えないと私の、そしてこの町の再生はないと思っています。
北海道では各町に小さな病院や診療所があり、少ない人数の医師で地域の医療を支えています。どこの町も「地域医療を守るため」に24時間365日の救急体制を敷いています。でもこの「地域医療を守る」ということ自体が問題なのだと最近やっと分かりました(遅い)。
いったい地域医療の何を我々は守らなければならないのでしょうか。24時間救急なのでしょうか?違うと思います。24時間救急を守るつもりで頑張って医療崩壊になっては元も子もありません。ですから私は行政や住民に言いたい。今地域で頑張っている医師を大切にしてください。限りある医療資源だと思って大切にしてください。
しかし、現実は違います。まさに使い捨て状態ではないでしょうか。今まで「地域医療を守るため」という大義名分で医師に過重労働を強いてこなかったでしょうか?疲れ果てて辞めていく医師に後ろ指を指してきませんでしたか?
私が今度就職した医療法人の理事長はよく以下のような話しをされます。
北海道での生活にあこがれて北海道の地域の病院に赴任し、疲れ果て夢破れて帰っていく先生がいかに多いか。そしてその先生方は周りの先生に「北海道の地域医療なんかいったらだめだよ。殺されるよ」というかもしれない。そうなったら益々北海道の地域に医師は来てくれなくなってしまいますよ。そんな地域医療をするのはもうやめましょう!と。普通の医師が普通に北海道に来て2~3年でも楽しく地域で生活しつつ、地域医療を学んでまた帰って行けるような環境を作っていきましょうと。
どちらかというと「頑張って身を粉にして働くのは当たり前」タイプの古い理念にしばれられていた私に、この理事長やその下で働く医師たちは大きなパラダイムシフトを起してくださいました。これからどのような展開になるのか。色々と楽しみになってきています。
*その理事長も実は以前は私以上に「頑張って身を粉にして働くタイプ」だったことを私は知っています。「医者は普通の人の2倍の給料をもらっているんだから2倍働いて当たり前だ」とおっしゃっていたことも知っています。でも私よりずっと早くパラダイムシフトを起されていたようです。さすがです。
北海道むかわ町穂別の「むかわ町国民健康保険穂別診療所」に勤務する医師2人が今年度中に退職することが3日、わかった。研修医1人の任期も来年2月で切れるため、来年度から常勤医が1人もいなくなり、診療所を運営できなくなる可能性もある。同町は来年1月から、時間外診療を原則廃止する方針だ。
町によると、同診療所の診療科目は、内科や外科など5科目。現在は研修医を含む医師3人が在籍し、24時間体制で無休で診療している。
医師2人の退職の意向が町側に伝えられたのは10~11月。夕張市の医療法人財団「夕張希望の杜」(村上智彦理事長)に移籍する意向で、一木所長はすでに町に辞表を提出した。
町によると、退職の背景には過重労働があるとみられ、同診療所の昨年度の時間外診療件数は1256件に上る。町では4月から、週末の当直医に外部医師を充てるなどの対策を取ってきたが、医師2人の退職意向は変わらないという。
町は来年1月以降、時間外診療を原則廃止するなどして、医師の労働条件を改善し、後任の医師を探す方針だ。横山宏史副町長は「労働環境を改善し、医師を確保したい。医師の過重労働には利用する側の心構えもあり、町民に理解を求めていく」と話している。
先日末っ娘の10歳の誕生日がありました。ちょうど私が北海道の地域医療を目指してこの地に来た年に生まれた子なので、年齢=地域医療歴という感じです。
家内がケーキを焼いて、それに子供らが勝手に飾りつけをして、みんなで食べます。時期的にイチゴないので、今回はフルーツ缶詰を使用しましたが、結構いけてました。
ついでに家の犬も載せますね。久しぶりにトリミングして見られる姿になってます。
10年間神様の守りの中にあり、順調に成長できたことについて感謝の祈りをささげました。
「イエス様、○○ちゃんが10年間、あなたの御手の中で守られ、順調に成長できたこと、本当にありがとうございます。また兄弟も仲良しで、優しい子供たちに育って本当に感謝します。これからの人生もどうか主が共にいて、導き、守ってください。そして皆から愛される人に成長できますようにお願いします。イエスキリストの御名をとおしてお祈りします。」
という感じで私がお祈りしました。祈っていてなんだか10年間が走馬灯のようにかけめぐりじ~んとなってしまいました。家内もそうだったようです。
もちろん人生ですから、山や谷があると思います。しかし、すごくつらいときでも主が共に歩んでくださっているということを考えるとき大きな慰めになります。
仕事の面では10年をすぎ、転換期のような感じです。色々とがんばってきましたが、個人的な努力ではどうにもならないことも多く、限界も感じます。
先日ある決心をして、副町長と色々と不満点を含めて話し合いました。つらい部分は少しわかってくれたようで、それ以後なんだか事務のスタッフなどが妙に気を遣っています。ちょっと気持ち悪いくらい。でもそれって根本的な解決ではないですよね。今後のこの診療所をどうやって維持していくか。私が提案したことはまだ副町長あずかりで、きっと町長までは届いていないでしょう。私の気持ちも固まっているのですが、なかなかすぐに前にすすみません。
もう少し待ってまた幹部とも話し合いたいと思います。時間も迫っているのであまり悠長なことも言っていられないのですが…。
9月17日23時31分配信 時事通信
17日午後4時55分ごろ、愛知県豊田市広久手町の公園で、同市立小1年の女子児童(6つ)が雲梯(うんてい)で宙づりになっていると、女児の友人が通行人に助けを求めた。女児は近くにいた男性に救助されたが、意識不明の重体。 |
http://www.playsafety.ne.jp/index2.htm
先日「地域医療を守る地方議員連盟」という北海道の地方議員さんがたの集まりが夕張であると聞き、行ってまいりました。時間を間違えて最後のほうしか聞けなかったのですが、白熱した議論があったと聞きました。地方議員さんは住民代表です。その方の声は行政に対してすごいプレッシャーになります。道東から参加されていた町議の方と懇親会でお話ししましたが、「なんだかしらないけどみんな議員に何か言われるのはいやみたいなんだよなあ~」とおっしゃっておりました。私の診療所の職員も役場職員もみんな議会対策にすごい時間を費やしていますし、議員さんの発言には非常にナーバスになっています。なんくせをつけてくる議員さんは困りますが、今回のような地域医療を守るために一生懸命がんばっておられる議員さんにはできるだけの協力をしたいですね。議員さん方もその持っている影響力をいいほうに発揮していただければ素晴らしいことが出来ると思います。がんばってください。
懇親会では有名ブロガーともお会いすることができました。村上先生は一緒に記念撮影をしてました。私は早眼に切り上げてしまったのですが、懇親会もすごいもりあがりでした。
あとついでに夕張ネタですが、レストラン「おーやま」というのが沼ノ沢駅の駅舎内にあります。帝国ホテルで腕をふるっておられたシェフが経営されているレストランです。以前からテレビでもよく紹介されていたので家族と一緒に行ってきました。
私はラムステーキ、子供はハンバーグ、家内は長いもハンバーグを注文。ラムは軟らかく、くせもなくおいしかったです。長いもハンバーグもハンバーグの上にたっぷり長いものっかっていてこれまたおいしそう。
あと別のお客さんが注文していた「びっくりエビフライ」はほんとにびっくり。すごい大きくてお皿からはみ出していました。値段はそれなりですが、一度食べてみたいなあ。
リピーターになりそうです。
右側が駅の待合室、左側がレストランです
ラム肉ステーキです。大きくて安いのでコストパフォーマンスも優れています。
昨日の北海道新聞の夕刊で赤平市立病院に初期研修医が殺到しているという記事がでていました。
第二の夕張としてかなり厳しい状態ながらなんとか再生に取り組んでいる赤平市立病院ですが、常勤医9人しかいないのに初期研修医を受け入れていて、それが大人気とのことです。2名の定員なのですが、全国から応募や問い合わせが殺到しているとのこと。
初期研修医の都市部への集中があるこの今、なぜ赤平市立病院なのか。
住民から必要とされているという喜びを研修医たちは感じているようです。また即戦力としての期待もあり、そこもうれしいようです。
少ない医師ですが、それぞれ専門家もおり、それなりの研修は出来るということでしょう。しっかりした研修ができないと、このネット社会ですからすぐ評判が悪くなって研修医からはそっぽを向かれます。
みんな正義感をもって赤平にやってきているようで、今の医学生も捨てたもんじゃないなあと感心しました。
初期研修が終わった後も是非北海道に残り北海道の地域医療のためにがんばってもらいたいと思います。
後期研修まで赤平というのはちょっと厳しいかもしれませんが、後期研修を終え、また赤平の常勤医として定着してくれるといいですね。
北海道の地域医療を再生するには若い力はどうしたって必要です。先の長い話しかもしれませんが、初期投資(お金だけでなく)を惜しまないようにがんばっていきたいところです。
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