チェックリストというイノベーション

Ponyo / 2012.02.06 15:10 / 推薦数 : 0

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」の中で、安価であり、シンプルであることが破壊的なイノベーションの特徴として挙げられています。

医療の世界でその定義にぴったりあてはまるのがガワンデの「チェックリスト」というイノベーションです。

ガワンデは外科医であり、ジャーナリストです。ハーバードメディカルスクールで教鞭をとりながら、The New Yorkerという雑誌に寄稿しています。

現場の医師の視点から書かれるガワンデの記事は各界に影響を与えており、オバマ大統領の医療政策形勢にも大きく影響していると言われています。

彼のチェックリストに関する仕事は「The Checklist Manifesto(邦題 『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』)」に詳しく書かれているので、そちらを参照して欲しいのですが、ここでは私が面白い!と思ったポイントを紹介します。

ポイント1.ものすごく複雑な問いに対しての、ものすごく単純な解

病院で働くと分かると思うのですが、医療はとてつもなく複雑です。

とくにICUに運ばれるような重症患者さんでは、モニタを装着してバイタルサインを確認して、気道を確保し、静脈ルートをとって、身体所見をとって、血液検査をして、画像検査をして、、、、

などというような何百というプロセスを正確に、しかも医者、看護師、技師などが連携して行っていかなければなりません。

しかも自動車工場などとは違い、一人一人の患者さんによって、治療に対しての反応も違うので、無数の可能性を考えながら即時対応しなければならないのです。

そういった環境でミスをしないで患者さんを治療するというのは、ものすごく大変であるというのは容易に想像できることだと思います。

この複雑な医療に対して安全を確保するために、ガワンデが提唱しているのがチェックリストです。

たとえば手術を始める前に、「術感染を防ぐために事前に抗生剤を投与したか」「患者さんの名前、手術部位を全員で確認したか」「患者さんに関してアレルギーなどの特別な事項はないかどうかを確認したか」などをリスト化しておき、それを全員で確認します。

本当にそれをするだけの単純なことなのですが、恐るべき効果が出ています。

The New England Journal of Medicineに出した2009年の論文で、19項目のチェックリストを手術時に使用した結果、手術死亡率が1.5%から0.8%へ、手術合併症の率が11%から7%に減少したと報告されています。

高額な医療機器を購入するのでもなく、新たに人を雇って人材を豊富にするのでもなく、たった19項目のチェックリストを導入するだけでこれだけの劇的な改善です。

なんという投資対効果の高さなのでしょうか。

ポイント2.ものすごく単純な解だけど結構奥が深い

たかがチェックリストなのですが、実はものすごく奥が深いのです。チェック項目を読み上げるひとはこの人が良い(外科医?麻酔科医?看護師?など)、項目数はこの程度の数が良い、項目はシンプルでぱっと見で分かるようにしなければならないなど、色々なベストプラクティスがあるようです。

チェックリストときいて、マニュアルのような役割を想像するかもしれませんが、それは誤りです。

本および論文の記載を見る限り、チェックリストはマニュアルではなく、備忘録、さらにいうとコミュニケーションツールのような役割を果たしているようです。

備忘録機能は明らかなので、コミュニケーションツールという意味をご説明します。

手術はチーム医療です。

直接患者さんを治療するのは外科医ですが、その前に立って手技をサポートする助手であったり、患者さんの全身状況を管理する麻酔科医、メスなどを渡す機械だしの看護婦さん、外回りの看護婦さんの連携によって手術は成り立っています。

しかしこの連携が不十分なことが実は非常に多いのです。

ジョンズホプキンス大学の面白い研究結果があります。「手術のチームワークについてどのように評価するか?」という問いに対して、外科医の64%が高いチームワークがあると評価しているのに対して、麻酔科医は39%、看護師は28%しか高いチームワークがあるとは回答していません。

すなわち外科医はチームで手術で行っていると考えているのに、周りから見ると外科医のワンマンにうつっているようです。

一方、このチェックリストを使うことで、たとえば看護師がチェックリストの確認のリードをして、そこで主導的な役割を果たすことが出来ます。

もしくはチェックリストの初めの項目が「手術室にいる人が互いに自己紹介をする」となっており(「外科医のガワンデです!」みたいな感じかと。。)、それだけでも一気にチームとしての距離を縮めることが出来ます。

チェックリストがプラットフォームになってコミュニケーションを円滑にしているのです。たかがチェックリストと侮るなかれですね。

ポイント3.この解は、医療とは別の業界から持ってきている

実はこのガワンデの本での医療に関する記述は1/3くらいです。

残りの2/3は航空業界と建築業界について書かれています。

このチェックリストのアイデアそのものは、それらの業界から持ってきて、医療に適応したものなのです。

航空機の操作もものすごく複雑です。トラブルが発生したときに複数の計器をモニタリングしながら、正確な操作をしていかなければなりません。

またメインパイロットと副パイロットの連携もものすごく大事です。

ミスが起こったら大惨事になってしまうので、非常に複雑な環境にありながらミスを絶対に起こしてはならないという意味で医療との共通性が大きな分野です。

航空業界でミスを防ぐ役割を果たしているのがチェックリストだったのです。

離陸、着陸などといった通常のオペレーションのほかにも、トラブル発生時の際のチェックリストも常備されており、チェックリストを活用してトレーニングが行われています。

このガワンデの書籍およびチェックリストが非常にインパクトフルだと思うのが、彼が積極的に他の業界の現場に足を運んで、そのエキスパートに意見を聞き、それを医療に適応できないかというのを真摯に問い続けたことにあります。

「医療は特別」という意見は聞きあきました。医療が特別だというならば、どの業界にも特殊性があります。

その垣根を超えて学べるものは学んでいくことにこそ、イノベーションの源泉があります。チェックリストはあくまで一例であり、他の業界から学ぶことはもっと沢山ある気がします。 

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