勝目梓(かつめあずさ)の本を、ふとしたきっかけで読みました。

 光文社文庫で、ハードアクション小説です。タイトルはいわないことにしておきます。30台のフリーターの男性が読んでいました。勝目梓のシリーズで7冊ばかし彼は持っていました。(たしか、キオスクでもうっていました)。

 暴力と倒錯したセックスが主題です。復讐のため、7人も残虐に殺すというストーリーです。現実味があり、一気に読ませる本ですから、相当の文学力の作家でしょう。

 主人公はすごく善人で、加害者は相当の悪人という設定で、復讐・殺人を正当化するものです。

 これはモラルに反した、反社会的な本で、若い人に読ませたくない本です。

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パーソンセンタード・ケアー(PCC) 

 Person パーソンセンタード・ケアーという本を読みました。

 訳が章ごとに違う人で、直訳で悪いですが、内容は大いに参考になりました。

 クリエイツかもがわ発行

 スー・ベイソン編

 定価 本体1500円

 パーソンセンタード・ケアー紹介その1

 問題1 アンディさん(男性)、60才代、元ガス会社職員。

  奥さんを初め誰とも殆ど話さなくなった。

 問題2 午後になるといつも不機嫌になった。

 かぎ1.元クラッシクギターに傾倒していた。

 答え1 午後、ギターの音楽をお気に入りの椅子に座って聞かせた。

彼は1時間以上も落ち着いて音楽を聞いていた。

 答え2 本人の年代史を家族写真を使い作った。PSWとそれを使い、話をすると、カナダの旅行など、詳しく話をした。

  「パーソンセンタード・ケアー」(PCC)とはイギリスの、ブラッドフォード大学の元老年学教授トム・キットウッド(1998年没)が提唱した介護に関する理論です。

 はまあるき

 

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2008.03.21 23:21 |  生活 / くらし  |  映画 / 音楽 / 読書  |  はま あるき  | 推薦数 : 0

『ビルマの竪琴』

 昨日、『ビルマの竪琴』(1965年製作)を見ました。過去1年間でみた映画で一番感激するものでした。あまり、涙を出さない私が、涙が止まりませんでした。60才を過ぎ、両親も見送り、何人もの知人友人を見送ったからこそ、この映画素晴らしさが解るのでしょう。たしか、中学校の頃、一度これと同じものをみたのですが、今回見ると全く別物のようです。四国の歩き遍路もあと6寺を残すのみとなり、仏教の良さをだいぶ知ってきて、タイの仏教のよさも映画で再認しました。

 以下、あるHPから得た説明です。

 

ビルマの竪琴』は、竹山道雄が執筆した児童読み物。市川崑の監督によって、1956年1985年に、2回映画化された。

 

時は1945年7月日本軍はビルマ(現在のミャンマー)で連合軍の猛反抗に遭い、戦局は非常に悪くなっていた。

日本軍のある小隊長は音楽学校の出身で、自らの小隊の隊員に合唱を教えていた。そのため、隊員達は歌うことによって、隊の規律と慰めと団結を得ていたのであった。中でも、水島上等兵は才があったため、音楽に熱中し、竪琴演奏を得意として、部隊でたびたび演奏を行っていた。また、水島はビルマ人の格好で斥候に出て、状況を竪琴で小隊に知らせていた。

終戦を迎え、小隊は捕虜となり、ムドンの捕虜収容所に送られる。しかし、終戦を知らない部隊が三角山で戦闘を続けており、このままでは全滅する状況だった。そこで、イギリス軍と交渉して、水島が連絡に行くが、消息不明となる。その後、水島を案じる隊員たちの前に、青いオウムを肩に乗せた、水島によく似た青年仏教僧が現れる。隊員はそのを呼び止めたが、僧は一言も返さず、逃げるように歩み去った。

水島は、三角山に立てこもる部隊を説得するも、その部隊は自滅の道を選ぶ。その後、水島は再びムドンへ向うと、道々で無数の日本兵の死体に出くわす。水島は、あの人達の休まる場所を作ってあげずに、自分だけ帰国することはできないと思い、この地に留まろうと決心する。その後、水島は本当の僧侶となる。

物売りの話から、隊長は、おおよその事情を推察した。その物売りからオウムを譲り受け、「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンヘカエロウ」と日本語を覚えこませた。数日後、隊が森の中で合唱していると、大仏の胎内にいた水島はそれを聞きつけ、思わず竪琴を夢中で弾き始めた。隊員達は大仏の鉄扉を開けようとするが、水島は開けようとしなかった。

その夜、小隊が3日後に日本へ帰国することが決まった。隊員達は、水島も引き連れて帰ろうと毎日合唱した。隊長は、日本語を覚えこませたオウムを水島に渡してくれるように、物売りに頼んだ。出発前日、水島が皆の前に姿を現した。収容所の柵ごしに隊員達は『埴生の宿』を合唱し、一緒に日本へ帰ろうと必死に呼びかけた。しかし、彼は黙ってうなだれ、『仰げば尊し』を弾く。祖国のメロディーに心打たれる隊員達を後に、水島は森の中へ去って行った。

翌日、帰国の途につく隊長のもとに、1羽のオウムが届く。そのオウムは「アア、ヤッパリジブンハ、カエルワケニハイカナイ」と叫ぶのだった。

はまあるき

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うちのお寺は浄土真宗

Joudosin ←(クリックすると、画像は拡大します。)

 

 うちのお寺は浄土真宗で、年に何回かお坊さんに来てもらい、一緒にお経を読んでいます。しかし、宗派の勉強はほとんどしたことがありませんでした。「うちのお寺は浄土真宗」(双葉社:定価1500円+税)を読んだので感想を書きます。浄土真宗に関する歴史が詳しく、また一方的に賛美するものでもなかったので、大変興味深く読みました。歴代、長男がスムーズに本願寺派を継承したのかと思ったら、そうではありませんでした。

 

特に面白かったのは第1章の正統派争いです。

親鸞は親鸞の長男善鸞(2代目)を義絶します。

その代わり親鸞の末娘覚信尼が遺骨のある大谷廟堂を守ります。

覚信尼の孫覚如(3代目)と覚信尼の子唯善との間で宗派を二分する争いが起こり、唯善は大谷廟堂を破壊し、一時鎌倉に遺骨を持ち去ります。

覚如(3代目)は長男存覚(4代目)を義絶し、存覚は木辺派を形成します。

蓮如(8代目)は寂れていた本願寺を立て直し、中興の祖といわれています。

顕如(11代目)は有名な石山合戦(大阪石山本願寺で)で10年間も織田信長と戦いました。

顕如(11代目)は豊臣秀吉に、堀川6条に西本願寺の土地をもらい、次男准如(12代目)が継ぎます。

顕如(11代目)の長男教如(12代目)は、のちに徳川家康に烏丸6条に東本願寺の土地をもらい、大谷派(西本願寺派)が分立します。

現在、弟子たちの作った宗派も含め、浄土真宗10派があります。

 第2章の親鸞聖人の漫画は良かったです。

 第3章で、私たちがいつも合唱している、正信偈(げ)(経行信証の第2章のまとめ)は阿弥陀如来の教えを歴代の八高僧(龍樹から法然)がいかに教えたかが要約されたものだとは驚きでした。

 中興の祖蓮如(8代目)の和文の御文書は解りやすく素晴らしいものです。特によく葬式で聞く「白骨の章」は何回聞いても感動的です。

 第4章の大谷光瑞(こうずい)(8代目)のシルクロード探検家としての活躍が目を引きました。

 

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Watasi

この明るい表情に惹かれて本を買いました。

 ←(クリックすると、画像は拡大します。)

 

 

「私、バリバリの認知症です」 (単行本)

 

 

太田正博、上村真紀、菅崎弘之、藤川幸之助共著

 

 

価格: 1,680 (税込)

 

太田正博さんは1949年生まれ。もと長崎県児童相談所職員。

 合唱団の指導をされていたとのことで、一般的に社交的で、積極的なのでしょうね。

2002年に長崎の精神科を受診。

2005年4月から講演活動を開始。

2005年9月、大2回アルツハイマーデー記講演会(京都)で発表。

その後、日本各地で講演会をおこなっておられるのですが、

彼が講演会活動などを自分のエネルギーの源とするまで、

彼を支えている菅崎Drやスタッフも素晴らしいと思いました。

 

 


商品の詳細

 

 

·                     単行本: 162ページ

 

 

·                     出版社: クリエイツかもがわ (2006/04)

 

 

·                     ISBN-10: 4902244543

 

 

·                     ISBN-13: 978-4902244540

 

 

·                     発売日: 2006/04

 

 

·                     商品の寸法: 20.8 x 14.8 x 1.8 cm

 

 

商品の説明

 

 

内容(「MARC」データベースより)
忘れてもいいじゃない、いいさ! 不安と困惑を抱え、それを乗り越える大変な過程があった。でも「ぼけ」もいいものだ、素晴らしい人と人との結びつきが生まれたのだから-。認知症と診断された著者が語る、明るく生きるコツ。

著者略歴 (BOOK著者紹介情報」より)
太田 正博
1949
年福井県小浜市にて出生、日本福祉大学卒業。卒業後すぐに長崎県職員として就職し、長年にわたり福祉関係の仕事に従事する。20023月、若年性アルツハイマー型認知症の診断。20047月、診断告知を受ける。20053月退職。翌4月から講演活動を開始

菅崎 弘之
1962
年東京都生まれ。児童・思春期を神奈川県川崎市にて過ごす。1987年長崎大学医学部卒業。1994年同大学院卒業、学位論文:在宅痴呆老人の介護者の精神的健康状態に関する研究。2001年すがさきクリニック開業。()呆け老人をかかえる家族の会長崎県支部顧問、長崎大学医学部非常勤講師、長崎臨床痴呆研究会代表世話人

上村 真紀
1990
年長崎大学医療技術短期大学部作業療法学科卒業後、同大学同学科文部教官助手などを経て、2001年すがさきクリニック勤務となる。日本作業療法士協会認定作業療法士、SST(Social Skills Training:生活技能訓練)普及協会認定講師

藤川 幸之助
詩人、児童文学作家。1962年熊本県生まれ。長崎大学教育学部修士課程修了。日本児童文学者協会会員。介護体験の著書をもとに制作されたラジオ番組「マザー・詩人藤川幸之助が綴った母との瞬間」が平成16年度民間放送連盟賞最優秀賞受賞、文化庁芸術祭参加作品となる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

 

 

 

 

はまあるき

 

 

 

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2008.01.01 23:26 |  生活 / くらし  |  趣味  |  映画 / 音楽 / 読書  |  はま あるき  | 推薦数 : 0

仏教入門書

 Bukyou11 タイトルのごとく大変わかりやすい仏教の本を見つけました。

 漫画的なイラストも豊富で、楽しく勉強できました。

 図式での説明も詳しく、辞書的に私は使っています。

 

①ブッダの生涯

②仏教の教え

③ブッダとその弟子たち

④経典の成立と中身

⑤仏教の広がり

⑥日本の仏教

⑦名僧の生涯

⑧各宗派の発展

⑨仏教の基礎知識

イラストでわかるやさしい仏教

著者:大角修監修

成美堂出版

発行年月:200605

 

 

1,575円(税込)

 

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