< お遍路して、痛風になりました。 | メイン | 若い人に読ませたくない本 >
2008.06.22 04:02 |  趣味  |  旅行 / 宿  |  その他(一般)  |  はま あるき  | 推薦数 : 0

足摺岬:ジョン万次郎の立像

 

 

Asizuri5←(クリックすると、画像は拡大します。)

 

ジョン万次郎の立像

 

 

6月8日 四国最産南端の足摺岬にお遍路でたどり着きました。

まず迎えてくれたのはジョン万次郎の立像の立像でした。

そして、第38番札所金剛福寺を参拝しました。

 

ジョン万次郎(ジョン まんじろう、1827年1月27日~1898年11月12日)本名、中濱万次郎(なかはままんじろう)

 

 

土佐国中浜村(現在の高知県土佐清水市中浜)の貧しい漁師の次男に生まれた。1841年、14歳の時に漁師の手伝いで漁に出たあと遭難し、5日半漂流後奇跡的に太平洋に浮かぶ無人島の鳥島に漂着して143日間生活した。そこでアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に仲間と共に救われる。アメリカに渡った万次郎はホイットフィールド船長の養子となって一緒に暮らし、学校で英語造船技術などを学ぶ。寝る間を惜しんで熱心に勉強し、首席となる。帰国の資金を得るため、ゴールドラッシュであったカルフォルニアで金を採掘する(おそらくゴールドラッシュに参加した唯一の日本人であろう)。得た資金で船を購入し「アドベンチャー号」と名付け、ハワイに寄港、元の仲間と再会し、1851年)共にの琉球に到達して、番所で尋問を受けたのに薩摩の本土に送られた。薩摩藩の洋学校(開成所)で英語の講師をしている。英会話書『日米対話捷径』の執筆をした。日米修好通商条約の批准書を交換するための遣米使節団の一人として、咸臨丸に乗ってアメリカに渡る。維新後、開成学校(現・東京大学)の教授に任命される。 (1898)71歳で亡くる。

 

いいブログと思ったら下のアイコンのクリックを!

 

  にほんブログ村 旅行ブログ 遍路・巡礼へ 

 

 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/hama-aruki/20080622/1/trackback

コメント

コメントはまだありません。

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。
はま あるき
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/09 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック