禅海の像と、
興禅院の山門の写真です。
禅海(ぜんかい、(1691~1774年)は、江戸時代中期の曹洞宗の僧。両親が亡くなった事から世の無常を感じて出家し、諸国を行脚。 菊池寛の小説「恩讐の彼方」では、主殺しの罪滅ぼしのためと書かれている。大分県の耶馬溪の青の洞門を開削したものとして知られる。豊後国羅漢寺を参詣した時、川沿いの断崖にかけられた桟橋が危険なことを知り、陸道の掘削を思いついた。1730年ころ、掘削を始めたが、その後周辺の村民や九州諸藩の領主の援助を得て30年余りの歳月をかけて、1763年に完成させた。
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