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今年の夏ぐらいからすこしずつ読んでいてこの年末になろうとしている頃にやっと読み終わりそうです。
「竜馬がゆく」
写真では7巻ですがいまは最終巻8巻のもうすぐ大政奉還がなろうとしているところ。
我が娘の遊び道具にされながらも何とかここまでやってきました。
「坂の上の雲」の放送が始まる前に「竜馬」と「坂の上の雲」を読んでおこうと思っていたのですが、いろいろと忙しく読む暇が無く、なんとか竜馬だけは大河ドラマの放送前に読み終わりそうです。
幕末についてはあまり詳しくなかったのですが、最近いろいろと本を読むようになって、そのおもしろさにはまってきています。とはいっても読んで知識を得ているのは多くは漫画からなのですけども。
「おーい、竜馬」と「陽だまりの樹」は大好きです。
「風雲児たち(幕末編)」はいつになったら進むのでしょうか。関ヶ原の戦いから始まってもうすぐ30年になろうとしていますが、まだ連載中で今はやっと安政の大獄あたり。
もっともっとよみたいのですけど時間がありません。
今ドラマで「仁」がやっていますね。
現代の脳外科医が幕末の江戸にタイムスリップしてしまうという話です。
今の自分が幕末にタイムスリップしてしまったらどうなってしまうだろう・・・と大変興味深く観ています(まあ、いろいろとつっこみどころはありますが)。
時間があれば原作の漫画も大人買いしよっとぉ。
本を読んだり、漫画を読んだり、ドラマを観ると一種の時代にタイムスリップをすることができます。
やはりそのときに思うのは「この時代は今からたった150年ぐらい前でしかないんだ」ということ。
その間にどれだけのことを人類が手にし、どれだけのことが変わり、失ったのだろう、ということを感じざるをえません。
人類が得たものは多いけれど、失ったものも多いのでしょうね。
しかし、得たものの中には、それが先人達が苦労して得たものであるということをわすれてしまっているものが数多くあります。
昔はこんなこともできなかったのか、とかこんなこともわかっていなかったのか、とか、そういうことが150年前の話を聞いたり、読んだりすることによって認識することができます。
だから、僕は歴史の本を読むのが好きになってきたのだと思います。
今の歴史は自分の子供、そして孫たちにつながっている、そう思えるようになっただけ、成長できたのかな、なんてうぬぼれています。
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「Mr.Brain」というドラマをやっていますね。
昨日は救急外来に呼ばれてしまったので途中までしか見られなかったのですが、先週は第一話を妻と一緒に見ていました。
ドラマのストーリー自体はそれなりに楽しませてもらいました。
ただ、ものすごい違和感を感じたドラマでした。
その違和感の正体は、
言い換えてみれば局がそれだけ力を入れて作っているということなのでしょうけれども。
しかし、最近のテレビ番組を見ているとカネを使うところとケチるところをなんだか間違っているような気がします。
ギャラの安そうな若手芸人を使い倒している割には、ものすごい高額な賞品を提供してみたり、一台車を簡単に爆破してみたり・・・。
いきなりものすごいギャラの高いであろう司会者を毎日登用してみたりなどなど・・・。
「科警研」とよばれる、警察庁の研究所がドラマの中に出てくるのですが、そこの中に白衣を着た研究者があふれかえっていました。
「事件発生」のエマージェンシーコールに対していろいろな研究室からぞろぞろと研究者が出てきて一斉に事件に対して研究の成果を出すべく動き始める・・・。
研究所の中の設備がとても豪華であること、最新のコンピューターに最新の器機、最新の研究に最新の設計の建物。
そこにはこのドラマを作った人の「カネ」に対する考え方が投影されていました。
以下に制作者の「カネ」についての考え方を考察してみました。
・・・少なくとも100人ほどは「事件発生」のエマージェンシーコールには研究者が集まっていたようです。それらの人たちは常にあそこの場所に待機しており、「事件発生」に備えているのでしょうか。
待機している時間帯、研究している時間帯についても給料は発生しているわけであり、あの人数を365日24時間支えるということであればものすごい人数になるであろうこと。
さらにあの研究を支えるためには日本でも有数な頭脳が必要であり、その頭脳を雇用し続けるためにはそれなりの報酬が必要であること。
それは待機している全ての研究者に対して。
・・・一つ一つの部屋がガラスで仕切られている作りの研究所であり、コンピューターグラフィックスをふんだんに用いた最新鋭の器械で様々な分析をする・・・。
これは虚構の世界のものですが、 実際の「科捜研」ってどうなんでしょうか。
おそらく10年以上前の遠心分離器だとか、古いクロマトグラフィーなど使っているのではないでしょうか。
(セットにかけるお金があったらその辺の取材に対してもっとお金をかけてリアルにしてくれたら良かったのに・・・)
なのにドラマでは施設にもお金をかけているし、器機にもお金をかけている、研究にも莫大なお金がかかっている。
実際の大学の研究室でもこれだけの設備があるところなんてないでしょう。
・・・警察の捜査はお金には換えられないけれど、利益は出ません。
上記で書いた人員の担保、施設の維持、研究については莫大な予算(おそらく何百億といたった)が必要だと思われます。
安全を担保するためには、税金(私たちのお金)をいくら使っても許容されるべきだという考え。
その他にもいろいろなつっこみどころがあったのですが、このぐらいにしておきます。
「視聴率」は数字です。
会社の利益ではありません。
視聴率が良いと広告主はついていっぱいお金を出してくれるかもしれませんが、それが直接会社の利益と直結しているわけではないはずです。
みなさん、どのように思ったでしょうか?
脳科学という興味深い分野を扱っており、内容も(娯楽として)それなりに楽しめただけに、僕はなんだか残念な気分になりました。
それと、「待機時間にたいする給料」という概念がないということについて、今の「当直問題」がつながっているような気がしました。
もちろん治安の維持や捜査手法の確立に対してしっかり予算を確保していただき、警察の方々が十分な捜査をしやすい環境を作るということについては異論はありません。
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レッドクリフを観ました。
ちなみに今上映中のpart2じゃなくてpart1。
part1は上映されていたときにも見に行ったのですが、この前テレビで再放送していたのでもう一度観ました。
part1を観ての感想。
・やっぱりスケールが違うわい。
・三国志は男のロマンじゃのう。
・女優が美人!!
・エンターテインメントとしてはおもしろい。
・関羽が小柄!!(190cmとか200cmぐらいの人を使ってほしかった。どう見てもせいぜい180cmぐらい。)
・周ユと孔明の関係が友情ってなんか変。(孔明は周ユを手玉にとるってのがデフォでしょ。正史では赤壁の戦いでは孔明なんて全然出てはこないんですけどね。)
・甘興って誰?(中村獅童がかっこいいけど。「甘寧興覇」のことなんだろうけどだったら「甘寧」にしてほしかったな)
・細かいつっこみどころがいろいろ。
おいら三国志については小学生のときにファミコンでナムコの「三国志-中原の覇者-」からはまって、横山光輝「三国志」や光栄「三國志1~11」、「正史 三国志」その他諸々大好きなのでちょっとうるさい人なのです。
だから気になるところがあると、なんか映画に入り込めなくなってしまうのは事実・・・
(本当にうるさい人からするとまだまだ甘いかもしれないのですが・・・)
多分この映画のその辺のつっこみについては2chあたりでされていると思いますけどね。
だけど、なんだかんだいって、part2も見に行ってやろうと思っているところです。
part2を見た人は感想を書き込まないでくださいねー。
一応これでも楽しみにしてるんだから。
GWに観にいけるかな?
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Profileの顔を変えてみました。
知っている方は知っているかもしれないのですが、「ジョジョの奇妙な冒険」の27巻のポルナレフをベースにイッシー31の顔と手術着にパロってみました。
よく某掲示板でAAとして、コピペされているシーンです。
コミックを見ながら、描き写して、アレンジし、フォトショップで加工しました(約1時間)。
ちなみにイッシー31はこんなに彫りの深い顔もしていないし、首も太くないです。
汗っかきという点ではあっているかもしれません。
前のprofileの顔も似ていないので(あんまり似すぎると恥ずかしいから)、参考にしないでください。
参考になるのは眼鏡の形と、髪型くらいかな。
それにしても「ジョジョの奇妙な冒険」の画は精巧でいいですね。荒木飛呂彦先生の画は独特の世界観があってすごく好きです。
ストーリーとしてもおもしろいし、漫画のコマ一つ一つが芸術作品となっていると思っています。
この漫画が少年ジャンプに掲載されていたというのが驚きだと思いませんか?
もっとも中学、高校生生ぐらいの頃(この原画が描かれた頃)はその魅力はわからなかったのですけど。
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よくドラマなどであるシーン。
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「手術中」とかかれたランプが消えた。
家族が心配そうな顔をしながら立ち上がり、扉が開くのを待っている。
手術室の扉が開き、外科医がグローブを外しながら颯爽とあらわれた。
血で汚れている術衣が手術のすさまじさを物語っている。
「たかしは、たかしは助かったんですか?」
母が悲痛な表情で外科医に詰め寄った。
外科医は帽子とマスクを外し、母親にほほえみかけた。
「手術は成功しました。たかし君はもう大丈夫です。」
父と母は見つめ合い、目に涙を浮かべながら外科医に
「ありがとうございました。うっうっ・・・・」
というと、廊下に座り込んだ。
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実際、僕もこういう場面を想像して外科医になろうと思ったのでした。漫画やドラマなどでよくこういうシーンがあったのでイメージとしてすり込まれていたんだなと思います。
おそらく演出家や漫画家にとってもこういうシーンがすり込まれているんでしょう。
金八先生は教師の方々にとってあり得ない先生だし、大門刑事は警察官の方々にとってはあり得ない刑事であるのと同じように、外科医にとってはそういうシーンに違和感を感じざるを得ないのです。
術衣に血がついているだとか、グローブを外しながら出てくるとか、そういう演出には目をつぶるとしても外科医(のはしくれ)として違和感を感じてしまうのは
「手術は成功しました。もう大丈夫です。」という状況なのです。
外科医は手術をしている医師であるというふうに一般的には思われているのですが、外科医は一日中、毎日手術をしているわけではありません(中にはそういう人もいますが)。
外科医は手術をすればいいだけではなく、「術後管理」という大事な仕事があるのです。
たかし君(交通事故による腹腔内出血、血気胸、小腸穿孔、出血性ショック)は次のような経過で手術になったものとします(あくまでもフィクションです。)
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たかし君は18歳の高校生。自転車乗車中に交通事故に遭い、救急車で運ばれた。
来院時は腹腔内出血と血気胸による出血性ショックであり、緊急手術の適応となった。
輸液、昇圧剤でなんとか血圧が上がってきたので手術の準備をしていると、父と母が到着したので、非常に厳しい状態であり、手術をしないと助からないことを取り急ぎ説明し、同意書をもらって手術室に直行した。
血気胸に対して胸腔ドレナージを行い、腹腔内出血は腸間膜からの出血であり、小腸切除で止血することができた。出血量は2500ccだった。
(そして冒頭のシーンにつながる)
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問題はこの後になってくるのです。
これだけ大きな手術をした人は体の機能として血液の状態、肝臓の機能、呼吸の機能、腎臓の機能、様々な機能が異常な状態になります。
その機能を「術後管理」をして、なんとか通常の状態にもちあげていくことが非常に難しいことなのです。
「術後管理」を適当にすると、心不全や腎不全、肝不全、呼吸不全、感染症をおこしてしまい手術自体は完璧でも亡くなってしまうことがあります。
もちろんきちんと「術後管理」していてもそのようなことが起こることなんていくらでもあります。
また、どれだけ手術中に「完璧だ」と思っても、思ってもいなかった合併症がおこることがあるのです。
縫合不全や感染、腸閉塞、再出血、予防策をしていても肺塞栓や心不全、肺炎など。
そのことを考えると手術が終わった後にはとてもとても「手術は成功しました。たかし君はもう大丈夫です。」なんていえません。
外科医の頭の中では術後の管理をどうしようかという戦略を立てているのです。
輸血をどのくらい、輸液をどのくらい、呼吸器をはずすのはどうしようか、呼吸機能は大丈夫だろうか、抗生物質はどうしようか、食事はいつ頃からにするか、それよりも吻合は大丈夫だろうか・・・などなど。
さらにたかし君の症例でいうなれば他の損傷は大丈夫だろうか、初診時のCTや理学所見では異常はなかったが脳や、脊椎は本当に大丈夫だろうか。
そのため「手術は成功しました。もう大丈夫です」といえるのは何日か経過して、普通にご飯が食べられて、歩けるようになったときにはじめて言える台詞なのです。
つまり手術自体も大事ですが、術後の管理ももっと大事であるということが言いたいのです。
「○龍」というドラマや「ゴッドハンド○」という漫画でも「おおっ、すごいメスさばきだ、この困難なオペをこんなスピードで」という台詞が出てきて、終わるともう次の日には患者さんはにこにこ顔でありがとうございましたって・・・
多くの外科医は
「そんな困難な手術ならその術後も大変なんだよっ」と心の中でつっこみをいれているのでした。
(なぜ心の中でかというと、そういうことを口に出してしまうと、隣で感動している妻に怒られてしまうからです。)
昨今なにかと医療ミスということが話題になります。
手術の後に何かが起こると医療ミスではないか、医療事故ではないかと言われてしまう世の中です。
このようなシーンからもしめされるように、一つの医療行為は一つの医療行為として完結していると思われがちだと思います。
一つの医療行為は様々な要因が複雑に絡まり合って構成されています。
その歯車がうまく回ったときに一つの医療行為がうまくいったということができます。
歯車がうまく回らない原因は様々です。患者さんの体質や状態などもあるでしょう。医療側の要因もあるでしょう。また、大きい歯車に「運」という歯車もあるでしょう。
それらの歯車がうまく回っているかを監視し、歯車がうまく回らなくなったときは、それらを調整したり歯車を修理し、場合によっては取り替えてみる。
そんなことをしているのが、医師の役割だと思います。
うまく歯車が回らなくなった原因は本当に医師のミスなのでしょうか。医師がちゃんと診ていなかったために歯車はうまく回っていないことに気づかなかったのでしょうか。
医療ミス、医療事故といわれている事案をしっかり検証する必要があると思います。
僕だったらたかし君の両親に対してはこんな感じでいうでしょう。
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「なんとか、手術は終わって目に見えている出血はなさそうです。しかし、いっぱい血液が出てしまい大きな手術になったので、体が異常な状態になっています。なんとか持ち直すように全力で治療を行います。これからが本当の戦いになってきます。まだまだ予断は許しません・・・。」
「まだ、わからないんですかぁ?」と両親。
「そ、そうですね、なんともいえないですけど。大丈夫だとは思ってはいるんですけどね・・・」と、ここから要領を得ない説明になってくる。
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自信をもって「手術は成功しました。もう大丈夫です」なんて言ってみたい言葉ではありますけどね。
そうもいかないんですよ。
天界におわすスーパードクターならまだしも、
下界の外科医ですから。
皆さんわかってくださいね。
では。

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昨日大河ドラマの「篤姫」が最終回でした。
最近NHKの大河ドラマをよく見るようになっていまして、去年の「風林火山」も通してみることができました。
今年の「篤姫」は自分が幕末が好きなことと、妻が宮﨑あおいさんのファンであることも手伝って、年間を通してみることができました。
この大河ドラマは幕末の激動の時代、坂本龍馬が出てきたところあたりから異常にペースが速くなってきて、えっ、もう大政奉還?もう江戸城開城?ってかんじがしました。
しかし、考えてもみると江戸城の内側と外側では時代の流れるスピードが全然違ったのでしょう。
京都や薩摩、長州で起こっている出来事は多くても、江戸城大奥の中では少しだったりと、そのギャップがおもしろいものでした。
それだけ幕末明治維新は激動の時代だったということなのですね。
尚古集成館所蔵の篤姫の古写真を見ると一本筋の通った信念の強そうなきりりとした女性として写っています。
それにしてもこの時代のひとたちの生き方には驚嘆するところがあり、今の時代に生きるものとして見習わなければいけないところがたくさんあると思います。
脚色されているとはいっても、自分の信念を貫いた一人の女性の伝記物語として勉強させていただきました。
来年の「天地人」(戦国時代の上杉景勝の武将、直江兼続の話)も楽しみです。
大河ドラマは再放送を何回もやってくれるので当直で見逃しても、何とかみることができるのでありがたいですね。
再来年の「龍馬伝」もとっても楽しみです。

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宇宙人っているのか知らないけど
昨日寝る前に考えたこと。
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ある日、あなたの住む町に
4機の巨大な空飛ぶ円盤がきて
中から見慣れない格好をした宇宙人が現れた。
宇宙人は市長に対して
「我々は○×星からきたものであり、
地球の近くに航路を造るために
地球の都市を利用させていただきたい。
また地球とも交易をさせていただきたい。」
と申し入れた。
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市長はN国政府に申し入れ、
N国政府は軍事同盟を結んでいて世界の警察を自負する
A合衆国に申し入れてどうするかを検討する。
結局、地球の外から来るぐらいだから
高度な科学力と武力を持っているわけで
政府は条件付での交易と都市の利用を認めることとなる。
地球人の間では当然、宇宙人排斥運動が起こり
地球は混乱することとなる。
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もうおわかりかと思いますが
これはSF(にしてはチャチいが)ではなく
約150年前の日本で実際に起こったことです。
実際には
ペリー率いる4隻の黒船が浦賀に来航し
幕府に通商の交渉をし、
それを契機に日本は幕末の混乱に
飲み込まれていくのですが。
その混乱の中、新しい日本を作るために
奔走したのが
20代、30代の熱い心をもった志士たちでした。
このたとえ話で言うと
坂本龍馬は
「反目しあっていたヨーロッパ諸国(薩摩)と
中東諸国(長州)に手を組ませ、
世界の警察を自負する
A合衆国(幕府)を組み伏せ、
地球政府(新政府)をつくり、地球の混乱を
収束に向かわせ、宇宙からの脅威にたいする
基盤をつくった」
というぐらいあり得ないことを
やってのけたのだと思います(あくまでもたとえ話です)。
自分も彼らと同じ年代になって、
いざそのようなときにそのようなことができるのだろうか?
そんな風に思ったのでした。
宇宙人が来るとは言いませんが、歴史は繰り返します。
「日本史とか世界史と勉強しても
意味ねぇじゃん、生活にやくたたねぇしー」
とか言っている人たちも
角度を変えて歴史を眺めてみると
意外と、おもしろくなってくるかもしれませんよ。

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最近、風呂に入るときに
本を持って入ります。
それで風呂につかりながら
読書をしています。
みんなからは変だといわれるけれど
この時間が一番落ち着いて
本が読める時間なのです。
たいてい20~30分ぐらい
はいっています。
そのくらいでだいたい
1章きりのよいところになるからです。
だから僕の本は基本的に
ふにゃふにゃになっていることが多いです。
先日は風呂に入りながら
本を読みながら
寝る
という離れ業をおこない、
読んでいた小説を
あやうく湯船におとしそうになりました。
たまーに
医学書なんかも風呂に持ち込むのですが
片手で持てないので
たいていは読むのをあきらめて
頭を洗い始めます。
風呂で本を読む人って
僕だけ?
