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早いもので子供が生まれてから2ヶ月たちました。
生まれたときは、あんなに小さくて弱々しかったのにいまや立派な赤ちゃんになっています。
1週間前にはできなかった(していなかった)ことがふとしたときに出来るようになっていたり、体がしっかり成長しているのをみると人間の成長ってすごいなぁなんて思います。
僕もお風呂に入れるのになれてきました。
これからどんどん成長していくのだろうなと思うと楽しみでなりません。
周りからは「夜泣きが大変だよ」とか、「動き始めるようになってからが大変だよ」とかいろいろ言われておりますが・・・
確かに帰ってからの子供の世話と学会準備でブログを書いている余裕が全くないのでテキストだけとなっております。あしからず。
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この前、妻の実家で鳥のレバーの甘露煮をいただきました。
妻はこのレバーが食べられないのですが、実家のレバーだけは食べられるみたいでおいしそうに食べていました。
僕もレバーは大好きなので食べようと思ったのですが、食べようと箸で持ち上げた瞬間。
「ここが肝門部で、総胆管がこういう方向に走っているのか、このように葉が分かれているんだな・・・、どっちが前でどっちが右なんだ?」
と解剖学的考察をしながらまじまじと見つめてしまいました。
もちろん妻からはあきれられ、お義父さんとお義母さんからは大爆笑されしまいました。
それに気づいてパクっ。
「うん、おいしいっす」
妻に聞くと僕は焼き肉屋さんとかでよくホルモンをじっと見つめてから焼いているらしいです。たしかにやっているかも。
これって職業病ですかね?
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すでにいろいろなところでかかれている話題なのでことさらに書かないのですが、先日、肝不全の患者さんに腹腔穿刺をして腹水を抜いたところ出血が止まらなくなって、患者さんが亡くなってしまったということがニュースになっていました。
まずは亡くなられた患者さんのご冥福をお祈りいたします。
情報が不十分なのでこの件について論じることは避けます。
血小板がある程度少なくても患者さんの呼吸が困難で腹水が大量に貯留していれば僕も「じゃあ、腹水を抜きましょうか?」と提案するでしょう。
腹水が抜けてお腹の張りがとれれば患者さんは劇的に楽になるのですから。
患者さんの苦痛もいかばかりのものだったかとも思うのですが、その当事者になった主治医の先生の気持ちを考えるとやるせなくなります。
(一般の方も見ているブログなので、アナフィラキシーショックとはアレルギー反応の一つで、薬物や食べ物その他のいろいろな抗原が体内に入ることによっておこる反応です。
蕁麻疹や血圧低下、喘鳴、呼吸困難などを来してすぐに対処しなければ死んでしまいます。)
CT室から帰ってきて呼吸困難、膨疹が出現しエピネフリンをうったものの、あれよあれよの間に血圧低下、意識消失、徐脈、呼吸停止。
そんな体験は初めてだったのですが、気道確保、心臓マッサージと体は反応し、挿管をしようと喉頭展開したところで意識回復、血圧上昇。
(どうやら一発目のエピネフリンが少し時間がたって効いたらしい)

そのとき(意識消失、呼吸停止したとき)に頭をよぎったのが
でした。
もちろん目の前の患者さんをなんとかしなきゃという気持ちもあり救命処置に体は反応していたのですが、自分のことも考えてしまったというのが正直なところです。
患者さんの状態が落ち着いたところでやっといろいろな処置などについて反省点を検索することができましたが、落ち着くまでは足はガクガク、手はブルブルでした。
まったくいつも通りに問診して、いつも通りに造影CTとってもこんな恐ろしいことが起こることがあるのだなと実感しました。
一緒にいた研修医の先生からは「先生がいてくれてよかったです。僕一人だったらだめでした。」なんて言われましたが「今回は運がよかっただけだよ」と強がるのが精一杯でした。
日常的に行っている医療行為でも突然患者さんが命の危険にさらされるということを感じました。
医師が偏在だと言われます。科で偏在、地域で偏在といわれています。偏在の理由を「訴訟リスクの高い科が人気がないから」とか「都市部の充実した研修病院が人気になったから」だとされています。そしてそのような考えで医師になることがあたかも悪いかのように、訴訟リスクを避ける選択や、研修システムが充実している病院を選択する医師が悪いかのように吹聴されています。
しかし僕は訴訟リスクを避ける選択、研修システムが充実している病院を選ぶ医師達を悪いとは思いません。
多くの医師が「大野事件」や「大淀事件」「割り箸事件」今度の「尼崎の事件」の話をきいて自分自身に置き換えて、ある人は教訓として考察し、ある人は批判し、そしてある人は医療現場から逃散しています。
僕は批難できません。
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僕らは新臨床研修制度が始まった一期生です。
それまで医学部6年間終わるとどこかの医局に入って専門の外科だとか、内科だとか、産婦人科だとか、眼科だとかに分かれていたのですが、僕らの卒業した年2004年から新臨床研修制度が始まりました。
新臨床研修制度は医学部6年間の後にスーパーローテーションといういろいろな科を回る研修が2年間必修になるというものです。
医師になって2年間は医師であって医師ではないようなものすごい中途半端なものでした。
僕たちのときは枠組みはできてはいたのですが、お役所おきまりのよくわからない状態でした。
現場では本当にそういう制度になるのかもよくわからないし、現場の指導者もどうすればよいのかわからない状態でした。
そんな状態だったので僕たちは先輩と同じように就職活動して、科も決めてそれに向かって臨床研修をおこなっていきました。
まじめな人たちは新臨床研修制度に沿った就職活動をしていたのですけど・・・。
うちの病院は市中病院なのですが、近くの医大生の実習も受け入れており、医大生と話す機会が多いのです。
学生と話すとどうしても「何科に行きたいのか?」という話になるのですけど、それでいつも言われることばがきになります。
えーー?実習にくるのって5、6年生じゃないの?
すくなくとも僕ら5・6年生にはだいたいの科は決めていたのになーって思います。5・6年生のときの勉強会でも「あいつは耳鼻科に行きたいっていうだけあって耳鼻科は勉強しているな」とかそういうのがあったように思います。
僕たちが医学生だった頃から5年しかたっていないのにその変化に驚かされます。
新臨床研修制度の成果なのでしょうか。
新臨床研修制度が始まったおかげで専門を決めるのに2年間の猶予ができたというのが非常に大きいようです。
1年目の研修医に聞いても「決まっていない」と言われることが多いように思います。
まだ僕は医師になってぺーぺーだからえらそうなことはいえないけど、「自分がやろうと思っている科が決まっている上で2年間の研修をするか、研修中に科を決めようとするのかでは勉強のモチベーションが全然違う!!」ということはいえると思います。
「科を決めていなくて迷っている」という学生に僕がいつも言うことがあります。
なんでこういうことを書くかというと「外科」とはっきり言ってくれる人がすごーっく少ないからなんです。聞くと「外科系」って。「系」ってなんじゃ!?
産科、小児科、外科は絶滅危惧種らしいですね。
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こんにちわ。
知られざる外科医のお仕事part2です。
だいたい癌を扱っている医師にとってはなじみのある作業かもしれないのですが、以外と知らないドクターもいるのではないでしょうか。
簡単に言うと
たとえば癌の手術の場合は癌の原発巣だけではなく、周囲のリンパ節や脂肪組織、血管なんかも一塊にして切除することになります。
その周辺についた脂肪組織や、リンパ節などの組織をメインの組織から切り離したりして別々に提出するということをします。
癌の場合進行度(どのくらい深いか、リンパ節転移がないか)ということが大事ですので、この「検体整理」という作業はその次の癌の治療の方針をきめるのに非常に重要な作業なのです。
また適当にやったり、癌の部分に切り込んだりしてしまうと病理医の先生に怒られることもあります。
やり方は施設によってもいろいろあるのですが、うちの場合、手術が終わった執刀医がちまちまと「検体整理」をします。
外国などは病理の技師さんや病理医の先生がしたりするみたいですが。

リンパ節は脂肪の中に埋まっているのでその脂肪組織の中から一個一個とりだしていき分類していきます。
そしてメインの組織をコルクの板にピンで留めて、スケッチして病理に提出となります。
この作業がなかなか血管や組織の剥離の練習になったりもするのですが、なかなか疲れているときにやるとそうもいかないものです。
まさに「倦怠整理」です。
疲れていて間違って排水溝に組織を流してしまったという伝説も聞いたことがあります。
この「検体整理」が終わった組織は僕の出身大学だとホルマリンの液の中につけておきます。
いちおう1年に一回ぐらいは替えているといっていたけど本当かな?
意外と大変な「検体整理」、あんまり知られていないでしょうね。
手術が終わった後の外科医からくさいにおいがするときは「検体整理」のせいかもしれません。

追記:一枚目のイラスト右上の図でクーパー(はさみ)をいれる場所が違いました。あの切り方では次のコルクに貼り付けてある標本にはなりません。クーパーを入れるのは大彎側でした。一応、細かいところですが誰かにつっこまれる前に先に断っておきます。
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年が明けてすぐにインフルエンザにかかってしまい、ブログの更新をさぼっていました。
もう復活しました!!
大丈夫です。
しかし、咳はまだ出ていて咳をするたびに同僚に嫌な顔をされます(もちろんマスクはしていますが)。
インフルエンザの予防接種したんですけどね。
あらためてインフルエンザってつらいですね。
というか熱が出るのがつらい。
咳が出るのがつらい。
体がだるいのがつらい。
といろいろつらい思いをしました。
はじめは同僚と飲んだ次の日だったので飲み過ぎかな?程度に思ってたのですが、夜になるにつれてどんどん寒気がして動けなくなってきてしまいました。
「こいつはやばいなー」と思い、とりあえず布団を何枚もかぶって夜を明かしました。
次の日になっても発熱、咳、全身倦怠感、関節痛がおさまらないので「こいつは奴に違いねぇ」とふらふらになりながら、救急外来にたどりつきました。
救急外来でいつものインフルエンザチェックをおこなうと案の定A型陽性でした。
いつもの外来なら「おっ、診断があたってた。」とにんまりして薬をだして「暖かくして水分とって、休んでくださいねー」で終わりなのですが、今回は全然うれしくも何ともないです。
まじで。
まあ原因がわかってほっとした感じはありましたが。
知り合いのドクターに薬を処方してもらい、ふらふらになりながら帰って療養していました。
次の日には熱も下がり、熱が下がって48時間は出てきちゃだめといわれたので、2日間はひたすら家で安静にしていました。
てなぐあいでやっと復活しました。
38℃以上の熱が出るとやっぱりつらいですね。
この正月は患者さんの気持ちがわかりました。
最近患者さんに冷たかった僕への天罰だったのでしょうか?
今年はもっと患者さんの訴えを聞こうと決意した正月休みでした。

えっ 奥さんはって?まだ里帰り中です。
「赤ちゃんがいるときにならなくてよかった」
ですって。確かに・・・。
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元旦の朝4時半に奥さんの実家から帰ってきて、元日に手術をおこない、本日は箱根駅伝も観ずに日直をしていたイッシー31です。
明日と明後日はちょっと遅めの正月を楽しめそうです。
昨年はいろいろあった年でいいこともあり、悪いこともありましたが今年は良い年になりますように。
毎年のことながらひき逃げやら火事やら正月から悪いニュースが飛び込んできますね。
やっぱり正月に救急をやっていてやるせないのがお餅を詰まらせてなくなる方です。
「あけましておめでとう、今年も健康で頑張ろうね、おじいちゃん。」といってお雑煮を食べた後に急変、なんて場面を想像してしまうと悲しくなってしまいます。
人間の生死の営みは盆も正月も関係なく続いています。
人間の死は本人の思いもよらなかったときに思いもよらない形で突然やってくるということを毎年実感します。
今年も頑張って書いて描いていこうと思いますので、応援よろしくお願いします。
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